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「800字文学館」

相棒

池田 隆

 一昨年春に相棒2人と「奥の細道」を千住より歩き始め、今秋には最上川沿いの尾花沢まで辿りついた。未だ大垣までの全行程2400㎞の過半に及ばず先は長い。リーダー役の相棒は90歳、もう一人は私より1つ歳上の81歳である。この先どこまで行けるか、各自の健康寿命との勝負になってきた。
 私自身は学生時代に沢登りで痛めた右膝が泣きどころである。若い頃は冬の寒い日などに時々痛みが出る程度だったが、齢とともに頻度が増し、最近ではやや慢性的になってきた。だが歩く習慣を止めると却って痛みが常態化するので、膝痛防止の靴やテーピングを用いて出来るだけ歩くように心掛けている。
 「奥の細道」の道中のこと、那須野ヶ原の雑木林で近道をしようと藪漕ぎ用の棒を探し、多数の落ち枝の中から桜の枝1本を拾い上げた。長さが1m強、径は先端が1㎝、手元が5㎝ほどでくねくねと折れ曲がっている。加えて手元に先の折れた小枝が横向きに付いている。よく乾燥していて軽く丈夫そうである。これは「良い杖」になる。握り具合も申し分ない。
 以来、この杖が道中における字句通りの3人目の「相棒」と相成った。坂の上り下りには常に、平地でも膝に心配を覚えると直ぐにお世話になる。仙人の杖よりもさらに武骨な形をしており都会で使うには恥ずかしいが、歩き旅では宿屋の主人や小学生に格好良いと誉められ、ますます愛着を深めている。

 先日芭蕉の墓がある大津の義仲寺を訪れた。本堂の一角に木箱に収められた芭蕉愛用の実物の杖と、その杖の絵に那須で詠んだ句「野をよこに馬牽きむけよほととぎす」を書き添えた短冊が展示されている。彼の杖は椿の枝で細く華奢な姿をしているが、やはり那須で拾ったのだろうか、何かの縁を感じずにはいられない。
 芭蕉に拾われた枯枝は300年後までも世の宝物として大切にされ幸せである。私に拾われた方は不憫だが、私が死んだとき一緒に棺に入れて貰い仲良く成仏を願うことにしよう。

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