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「800字文学館」

子や孫に付けを回す?

野瀬 隆平

「国の膨大な借金は、つけを子や孫の世代に回すことになる」
 政府が抱える多額の国債残高を指してよくいわれる言葉である。高齢者を支えるための社会保障費が、若い世代に大きな負担をかけており、更にはそれが次の世代にも引き継がれるという意見である。本当にそうだろうか。
 今に生きている人達は高齢者を含めて全て、現在、社会で働く同世代の人たちが作り出す物やサービスの提供を受けて、生活を成り立たせている。就労前の若者、ましてやまだこの世に生まれていない人の働きによるものでないことは、言うまでもない。

 現在の豊かな日本の社会を戦後のゼロに等しい時から作り上げたのは、紛れもなく今日高齢者といわれる人たちである。自分が大学に入ったころの大学進学率は、10%にも満たないものであった。大多数の人たちは社会に出て働いていたのである。それが、現在では6割に近い若者が、大学に進み勉強できる世の中になっている。親やその親たちの世代が作り上げてきた社会や経済の基盤があってこそのことだ。
 サラリーマンを始めたころは、社会保障制度も充実しておらず、少ない給料の中から何とか工面して親に仕送りをしていた。現在、高齢者のために若い世代が負担を強いられているというが、仮に社会全体で支える制度がなければ、以前のように個々人がそれぞれの親を経済的に支えなければならない。

 政府の債務が膨大だというが、国債の持ち主がほとんど日本企業か個人であることを考えると、国全体で見れば実質的にはプラ・マイ0に近いのではないか。借金の方にばかり目を向けるが、それに対応する資産の方も見なければ、物事の片面しか見ていないことになる。次世代に残すものはマイナスよりも、むしろプラスの方が多いと考えている。
 年寄の戯れ言として一蹴されそうだが、「次世代に付けを回す」という通説の方がおかしくて、これも最近ノーベル賞を受賞した人がいった「世の中のことは嘘が多い」の一つではないだろうか。

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