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「800字文学館」

健康麻将クラブで働く

新田 由紀子

 定年後にアルバイトを始めたのは5年前のことだ。定年間際で辛うじて手にした「日本健康麻将協会認定レッスンプロ」のIDを首から下げて、講師アシスタントとしてあちこちの教室を回った。
 「健康麻将」とは、ギャンブル性の強かった従来の麻雀を「賭けない」「飲まない」「吸わない」で楽しむ頭脳ゲームのこと。認知症予防にも効果ありとされて高齢化の波にのり、定年退職者やシニア女性、ケア施設などでブームになっている。
 麻雀は学生時代に牌を並べたことがある程度だった。近所に教室を見つけて通い始め、牌を触ったのは40年ぶり。数年後、第二の定年退職時に思い切って「レッスンプロ」の資格を取る。ひととおりのスキルを前提に2日間の講習を受けて、教え方の実技やスピーチ、筆記試験を通って辛くも免状をもらった。
 すると、教室の先生からアシスタントを仰せつかる。都内と近県の数か所、企業が主催する顧客向けカルチャー講座に出向くのだ。受講者は圧倒的にシニア女性が多い。子育てを終え、家事を離れ、自分のために時間を使う。新しいことに挑むわくわく感を共有できる仕事は楽しかった。
 もともと、何かを教えたり、人と交わるのが得意ということもある。長年のデスクワークの封印が解けて、勝手の違うお役目ながら3年も働いた。ところが、企業様の方針が変わり、講座は相次いで打ち切られることになる。
 途方にくれていると、麻将協会から次の職場のお声がかかった。「健康麻将教室」「一般参加サロン」「4人セット貸卓」という標準営業形態の麻雀クラブだ。年配者をスタッフとして雇ってもらえたことに感謝しつつ、サービス精神に徹する経営者の姿勢にも共鳴して、会場準備、受付作業、受講者対応、お茶出し、集計、終業清掃と、くるくる働いて1年半になる。どうにか慣れて、初心者の個人レッスンも受け持てるようになった。
 明るく快適なこの麻雀クラブに多くの愛好者が集うことを励みにしている。

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