作品の閲覧

「800字文学館」

買い物ブギ

内藤 真理子

 買い物が下手だ。衣類などを買おうと思う時は、少しばかりふところが温かいか、よほど必要に迫られている時に限られる。そこで街をぶらぶらしながら、ちょっと覗いてみようかと、一軒の店に立ち寄ったが最後、何か買わなければという強迫観念にとらわれる。だいたい自分に似合うものがわからない。高ければいい品物だと決めつけてエイっと思い切って買ってしまう。ふところが淋しい時には、極端に安いものを買う。
 そして家に帰って早速着てみるのだが、鏡の前であっちを向いたりこっちを見たりしても、八割方は似合わない。極端に安いものに至っては、頭のどこかで、安物の粗悪品を買ってしまったと後悔ばかりが頭をよぎるので、着心地が良いわけがない。それでも買い物をすると気分が晴れるのだから不思議だ。

 夫婦喧嘩をした後など、カッとなって財布を持って飛び出すと足元はサンダル履き。近くにはスーパーくらいしか店がない。そこで高そうなお寿司をいっぱい買うと、怒りはほぼ収まる。家に帰って「ハイこれ、今日の晩ご飯よ!」と、開き直れば大抵気持ちの片は付いたものだった。

 昔、「買い物ブギ」という大層威勢の良い歌があった。何の因果か買い物を頼まれて何を買うのかもわからず飛び出す。魚屋に行くと、鯛や平目、カツオにマグロにブリにサバ。何が何だが、どれがどれやら、わてホンマによう言わんわ。と、てんやわんやの大騒ぎをするのだが、年末が近づくとこの歌を思い出す。
 我が家も昔はそうだった。大家族だったのでお正月が近づくと気持ちが浮きたち、街も沸き返っているので、何でもかんでも買物かごに入れ、まさに歌の通りで、わてホンマによう言わんわ、と浮かれたものだった。
 だが今は、夫婦二人の老人世帯。鯛や平目よりカマスの干物と野菜の煮つけ。不快なことがあっても腹を立てる元気もない。一瞬ムッとしても十分も経てば何を怒っていたのか、何があったか忘れてしまう。
 わてホンマによう言わんわ。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧