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「800字文学館」

フォルテピアノによるトルコ行進曲

川口 ひろ子

 全てがモーツァルト作品によるフォルテピアノ・リサイタルを聴いた。フォルテピアノとは現在のピアノの古い形の名称だ。17世紀後半、従来のチェンバロに代わってフォルテ(強音)もピアノ(弱音)も同時に出すことのできるフォルテピアノが誕生した。血気盛んな青年モーツァルトはいち早くこの楽器に挑戦し多くの名曲を残している。

 舞台中央に置かれた華奢な造りのフォルテピアノは2002年制作のヴァルターモデルのレプリカだという。
 ジョス・ファン・インマゼールさん登場。立ち襟のスーツをすっきりと着こなしてとても73歳の巨匠には見えない。彼の哲学は「作曲家の生きた時代の楽器と奏法での演奏」。長年に亘り古い鍵盤楽器を収集し、これらを使用してヨーロッパ各地で演奏会を行っている。
 この夜の曲目は小品を交えた8つのピアノ曲で、どれもがゆっくり目のテンポ、タッチは軽く、抑制の効くいたまことに丁寧な演奏だ。「なんだか陰気だね」仲間のY氏が呟いた。同感だ。端正な、しかし真面目過ぎて面白味に欠け、好みではないのだが……。

 最後の演奏はピアノソナタK331「トルコ行進曲付き」。ピアノの発表会などでは必ず演奏される超人気曲だ。作曲された頃のウィーンではトルコ趣味が大流行していた。モーツァルトは早速この時代の好みを採りこみ異国情緒たっぷりのピアノ曲を作った。打楽器と管楽器が鳴らす歯切れのよいリズムと一拍目の強いアクセントが特徴のトルコ軍楽隊の勇壮な行進曲。これをピアノ曲に移し換え、ウィーン風の洗練された都会の音楽に変身させた。
 インマゼールさんは左手で壊れんばかりに鍵盤をたたきつける。どーん どん!と太鼓をかき鳴らし地響きをたててトルコの軍楽隊がやってくる。フォルテピアノの低音がまことに的確に表現している。
 前半は焦らされたがこれで私の不満は解消だ。
 インマゼールさんの当意即妙、機知に富んだ、私たちモーツァルトファンのためのリサイタル、満喫した。

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