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「800字文学館」

マンゴーの種

大津 隆文

 この夏長女一家に誘われてタイのホアヒンに出かけた。ホアヒンはバンコクの空港から車で三、四時間に位置する海辺のリゾートだ。リゾートとして有名なパタヤはバンコク湾の東側で、ホアヒンは反対の西側、王室の離宮があるせいか比較的俗化が進んでいないという。
 海辺のホテルに五泊したが、朝方砂浜を散歩したり、プールで少し泳いだりする以外は部屋でごろごろして過ごした。楽しみは飲んだり食べたりすること。街の食堂でビールを飲みながらスパイシーな海鮮料理やタイスキに舌鼓を打った。
 特に美味しいと思ったのは果物だった。朝のビュッフェに出ているスイカやメロンなどのほか街で買ってきて部屋で食べたりした。果物の王様と言われるドリアン、女王のマンゴスチン、ジャックフルーツ、ランプータン、ロンガン等々数えてみたら十種類以上になった。
 中でも、マンゴーの切り身は熟していてとっても美味しかった。一パック四〇バーツ(約一四〇円)、三パック一〇〇バーツだったので三パックにすればよかったと後悔しきりだった。パックには実をそぎ落とした大きな種も入っていたが、さすがはプロの仕事、種に実はほとんど残っていなかった。

 今から三〇年近く前、当時高校生だった次女がスーパーでアルバイトをしたことがあった。配属されたのは生鮮食品部で、毎日キャンペーンがありそれを手伝う仕事のようだった。ある朝彼女が「今日はキョーヤサイの仕事」と言ったが、帰国子女でもある彼女は「今日(採れた)野菜」と思っているらしく、慌てて「京野菜」の説明をした。
 また、ある日は当時まだ珍しかったマンゴーを小さく切ってお客様に試食をしてもらう仕事だったそうだ。その日の帰り際、主任さんが「種にまだ実が沢山付いているので持って帰って食べなさい」と言ってくれたと、種をいくつもお土産に貰ってきた。それは彼女にとって働いて得た最初の報酬でもあった。家族皆で種をかじったが、これがマンゴーかとその美味しさに感激し忘れられない味となった。

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