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「800字文学館」

秋は夕暮れ

内藤 真理子

 夕方になると、買い物がてら散歩に出かける。晴れた日には遠くのスーパーまで足を伸ばす。玉川上水の木々の上に広がる水色の空には、薄く刷毛ではいたような細長い雲がかかっている。目を転じると、一帯に鱗雲。空は大きい。水色が透けて見えるその薄い雲は意外に早く流れている。
 上水を離れると坂になっていて、途中の畑にある自動販売のロッカーを覗く。茄子が入っている。二百円を入れて取り出して見ると、大きなのが六本もある。二本は焼きナスにしよう。二本は揚げて大葉と甘辛味噌を挟んで、後の二本は明日の味噌汁にでも……。考えているうちに坂の頂上のスカイツリーポイント。雲がかかって見えない。余程天気の良い日でもなかなか見えないのだ。南に折れてスーパーに向かうと富士山が見える。なんだか幸せな気分になりもう買い物はやめて散歩を続ける。井の頭公園のジブリの森に向かう原っぱに出た。急に視界が開け、夕暮れになりつつある空が一面に見える。
 うっすら光を含む柿色に染まった雲と、白味を帯びた青空のコントラストが美しい。
 枕草子では、春はあけぼの、夏は夜、そして秋は夕暮れと詠っている。昔も今も誰が見ても美しいものは美しいようだ。
 見ているうちに空の色は徐々に赤みを増し、雲はピンクから朱色に変わり、やがて濃い灰色に移って行った。
 あら大変、暗くなってしまう! 慌てて井の頭公園を突っ切って帰路につく。公園には、私のように家路を急ぐ人に交ってジョギングやマラソンをする人がちらほら。昼間は埋まっていたベンチも座る人とていない。
 もう半世紀も前の私の若い頃には、公園のベンチは若い男女でいっぱいで目のやり場に困ったものだったのに……。
 家の近くまで来たら、大欅に巣があるのか、四羽のカラスが陽の落ちてしまった大空を飛び交っている。
 枕草子の烏は「寝所へ行くとて三つ四つ二つなど飛び急ぐさへあはれなり」なのだが、こちらはどうやら戦闘中の攻防のようだった。

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