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「800字文学館」

地の人、他所の人

首藤 静夫

 今夏の明るい話題の1つは、行方不明幼児の無事保護のニュースである。3日間もの捜索で発見できなかった子供が、一人のボランティアにより、わずか20分で救出されたのに驚いた。
 舞台となった山口県・周防大島は、民俗学者宮本常一の郷里である。彼の著書に『忘れられた日本人』がある。そこに登場する僻遠の人々、その素朴なイメージが今回の発見者の飾らない人柄と重なって映る。
 この本の中に「子供をさがす」という短い一章がある。
 小学1年生の土地の子供がいなくなった。同じく周防大島での出来事だ。家族で捜したが埒があかず、聞きつけた土地の人々が協力して捜してくれたが見つからない。ところが、父親の帰宅を機に家の隅からひょっこり出てきたのだと。騒ぎが拡大して出にくくなったらしい。雲隠れは、テレビを買ってくれない母親へのあてつけだった。
 村人は思い思いに心当たりを捜してくれた。それが手分けしたように無駄がなかった。ある若者は山の中まで行った。子供の仲良しの家が山中にあったからだ。各家庭の暮らしぶりを知っている共同体だからできる業と作者はいう。
 残念なのは、近年他所から来て住みついた人達だ。付近にたむろして、子供の家の噂をしたり、もう海へはまっただろうなどと言っている。これに対する作者の目は厳しい。

 同様の文章に数年前お目にかかった。当クラブが公募したエッセイに応募されたもので、ある地方の区長さんからだった。
 大雪に見舞われた翌朝。昔からの居住地区の人々は早朝から全員総出で、連携をとりつつ除雪を行っている。そこに最近転勤や転居できた地区の人達の、手よりも口ばかりの態度に閉口した話である。
 公道の除雪、重機手配、労力の調達などの要請が次々に来る。今は自力しか頼れないと区長さんは説得して回ったそうだ。
 人がその土地に住み着いて同化するまで3代かかるという。一つの共同体を築き上げることの何と難しいことか、また壊れることの何とたやすいことか。

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