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「800字文学館」

ル・マン24時間レース2018

志村 良知

 4年ほど前、トヨタ自動車の張富士夫名誉会長にクラブでご講演頂いた時、張会長は「未来の車の本命は水素電池車含む電気モーターカーで、ハイブリッド・カーはピストン・エンジン関連の膨大なインフラを安楽死させるための繋ぎにすぎない」という意味のことをおっしゃった。

 ル・マン24時間は、フランス西部の古都ル・マンで毎年6月に開かれる世界最高峰の自動車耐久レースである。1923年に始められたこのレース、メーカー参加(ワークス)と個人参加(プライベート)に分かれるが、今年は最近の27年間で21勝と圧勝しているドイツ勢がワークス参加しなかった。
 24時間、5000キロ余りを走るレースなので、車は何度も燃料補給や整備を受けなければならない。このため、ただ速いだけでなく、燃費が良くピットストップの回数が少ない車が有利である。2012年からは、優勝争いはワークスが先進的なハイブリッド技術を投入するハイブリッド・カーの争いになっていた。
 しかし、2015年にアウディが去った後3連勝していたポルシェが今年ワークス参加をやめたのだ。理由はアウディと同じで「ワークス参加の義務になっているハイブリッド・カーは、未来の車への先行投資というレースの目的に合わない」というものらしい。トヨタの張名誉会長の言と全く同じことをドイツメーカーも考えたわけである。

 今年、ワークス参加したのはトヨタだけだった。ハイブリッド・カーの実用第一号車を世に出し、ル・マンでは2016、2017と連続して「ルマンに棲むトヨタ嫌いの魔物のせい」という不運な出来事が起きて勝利を逃してきたトヨタとしては、今年こそドイツ車をねじ伏せたかったに違いない。ポルシェの不参加で一番がっかりしたのは、サッカー・ワールドカップの熱狂の真っ只中、2台のハイブリッド・カーでの真剣勝負のレースの末、歴代5位の記録で1、2フィニッシュして2018ル・マンを制したトヨタであろう。

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