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「800字文学館」

#Me Too (ハッシュタグ ミー トゥ)

新田 由紀子

 メディアで目にするようになった #Me Too、「私もセクハラにあいました」と声に出すことだという。女性が性を対象に受けてきた人格・技能差別、軽視、侮蔑、揶揄、暴行・痴漢行為など、もう黙っていないで告発する。なにをいまさらの感がある。それと自覚せずにいたり、実害なしと葬り去っている女性も多いはずだ。

 A子は近郊の小学校五年生。千代田区のN小学校から男の先生が転任してきた。「そんな有名なところからどうしてI区なんかに」と、母親たちが噂する。
 先生はA子がお気に入りだ。授業中名指しにしたり、何かと用を言いつける。六年生になると、先生はA子に中学受験を薦め、家へ補習に来るようになった。「誰にも言うな」と、先生と母親が口を合わせる。
 部屋で机に向かっていると、先生は母親に呼ばれて出ていく。問題ドリルを終えたA子が茶の間に行くと、向かい合った母親と先生は急に声高になり、ギクシャクしたりする。A子は顔が熱くなるような気がした。
 A子には誰にも言えないことがあった。昼休みに校庭で遊んでいると、先生から教室に呼ばれる。職員室から弁当を取ってきて欲しい、宿題のここが間違っている、などと言うと、A子を教卓に引き入れて、こっちへと来いと足の間に手を入れてくる。そんなことが家でも起こる。「お茶をどうぞ」と呼ぶ母親の声に、先生の手が慌てて引っ込むのだ。
 小学校卒業式の日、黒羽織の和服姿の母親がA子にはとびきりきれいに見えた。親の留守に、和ダンスの奥から「もう、終わりにしましょう」と書かれた投函前の手紙を見つけてしまったのも、この頃だ。何が起っていたのか子供にはわからない。

 男性との信頼関係を築けずに年老いてしまった、とA子は言う。男性嫌悪と同時に女性忌避がある、とも言う。一体のように寄り添う夫婦を見ると、自分の心は片輪だと思えてならない、片羽の鳥なのに両羽を広げて頑張ってきた、と語る。

 痛みを覚えずに負った心の傷は、A子の一生に深い影響を及ぼしていたのだろうか。#Me TooとA子はつぶやく。

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