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「800字文学館」

佐渡の旅

大森 海太

海は荒海 向こうは佐渡よ

 六月のはじめ、昔の水島工場の仲間と恒例の一泊旅行、今年は誰も行ったことのない佐渡島にチャレンジした。昼過ぎに新潟港からフェリーで出発すると、歌の文句とは反対に海はベタナギ、天気晴朗で二時間半の船旅はまことに快適であった。甲板で日なたぼっこをしていると島影がだんだん大きくなり、やがて左に舵を切って両津港に到着。レンタカーに分乗して近くのトキの森を見たあと、宿に入ってお定まりの宴会でその日はおしまい。

 翌朝も快晴で直ちに行動開始。最初に訪れた歴史伝説館には、承久の変でこの地に配流となった順徳院や、その後流された日蓮上人、世阿弥などの等身大の人形が展示されており、ボタンを押すとそれらの顔や体が動いてなにやら恨み言を述べるのであるが、実によく出来ていて少々薄気味悪く感じられた。

 続いて行った佐渡の金山は、平成元年の閉山まで四百年近く掘り続けられた日本最大の金銀鉱山で、坑道は深さ八百メートル、総延長は四百キロに及ぶそうである。坑内に入ると気温十度でひんやりしていて、アチコチの坑道跡ではこれまた等身大の人形の坑夫たちが働いており、中に休憩中とおぼしき一団は、口々に「早く上にあがりてえなあ」「酒が飲みてえなあ」「女の子と遊びてえなあ」などと嘆息している。またこの付近で採掘される酸化鉄を含んだ陶土を焼締めた「無名異焼」は、他に類を見ない赤褐色の逸品で、器道楽の私は早速近くの窯元でビアマグをひとつ買い求めた。

 このあと入り江や奇岩が複雑に入り組んだ北西海岸(外海府海岸)に添って車を走らせ、キバナカンゾウが一面に咲き乱れる島の北端、大野亀島と二ツ亀島までたどり着いた。ここから遥か百八十度の視界を望めば紺青の日本海が開け、水平線の彼方は北朝鮮か、はたまた遠くシベリアか。もともと太平洋側に生まれ育ち、仕事の関係などで瀬戸内に馴染みが深かった私にとって、これは初めて目にする異空間であった。

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