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「800字文学館」

卯の花の家

首藤 静夫

 5月中旬、朝顔を庭先に植えた。わが家の夏が始まる。以前は前年の種子から育てていたが面倒になり、ここ数年は花屋の苗を買ってすませている。ところが、昔どこでも見かけた朝顔は店頭から消え、代わりに西洋朝顔や琉球朝顔、大輪朝顔などが並ぶようになった。この方が客に好まれるようだ。
 新品種が登場するのは結構なことである。だが、花を見て昔を偲ぶ齢になった今、当時の花の姿を見られないのは淋しくもある。

 私は町内の図書館にいく機会が多いが、1年ほど前から道順を変え、曲がりくねった近道を歩いている。車も1台通れるかという狭い道で、周囲は民家がびっしり並ぶ。
 その途中、目を引く一角がある。道に面して4軒が長屋風に踵を接している。背の低い平屋でいずれも古くなり、庭はないに等しい。日々の暮らし向きが想像される。
 先日ここを通りかかったら、端のお宅でウツギが純白の花を咲かせていた。ウツギは「卯の花のにおう垣根に」とあるように初夏を代表する野辺の花だ。これを鉢植えで一本咲かせている。他にも1、2種類の花が咲いていたが卯の花の清冽さに目を奪われた。少し前は赤いツツジが数本、プランターで咲いていた。別の鉢には、ウツギのあとに咲くのだろう、数本の茎が伸びている。余分な鉢は隅に片づけられていた。
 このお宅、去年の夏にはゴーヤ棚が低く吊られていた。ひまわりもあった。秋は数株のコスモスがゆれていた。今年の春は桜草が輝いていた。
 ありふれた野辺の花を育てているのだが、どれも印象深い。庭の少ないところを工夫し、素朴な花を数種類、丁寧に育てている。花殻を見かけないから、毎日几帳面に手入れしているのだろう。
 家の主の姿を見たことはない。一人暮らしか老夫婦と思われる。できれば『源氏物語』の「夕顔」のように楚々とした女人が現れてほしいがそれは無理というものか。それにしても、ほのぼのとさせられる日常の佇まいである。
 古りし家の窓辺清しき花空木   しずを

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