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「800字文学館」

どぶがわウォーキング

三 春

 インターバル速歩を心掛けている。急ぎ足とゆっくり歩きを数分毎に繰り返しながら1時間ほど歩き、最後に牛乳を1杯飲み干す。これだけで細胞内のミトコンドリアが増えて、筋力アップ、アンチエイジング、成人病の改善やダイエットにも繋がるそうだ。

 歩くのは近所の内川沿いと決めている。昔の内川は山王や馬込や池上などの沼の水や湧水を集めて流れる自然豊かな川で、六郷用水と合わせて農業用水とされ、水道が引かれる前は飲み水としても貴重な水源だったという。

 私の幼い頃には既に上流が暗渠化して下水道となり、下流は開渠とはいえ海苔船を舫うだけのドブ川に成り下がっていた。それが今は遊歩道と桜並木を設けたことで人の往来が増え、水質もいくらか改善されて魚や水鳥も戻ってきたので、季節、潮の干満、時間帯に応じて様々な風景を見せてくれる。
 日向で甲羅干しする亀。ボラやハゼを釣り上げて歓声をあげる少年とお爺さんたち。傍らの塀の上で眠りこける猫。犬を連れた老夫婦が肩を寄せ合ってそぞろ歩く。高校の陸上部の連中が汗まみれで追い越していく頃には、橋のたもとの焼鳥屋に学校帰りの生徒たちが群がりだす。夕陽に向かってまっしぐらに飛び去る川鵜の姿に見惚れるうちに日も傾き、パート帰りのおばちゃんたちは自転車を漕ぎながらもお喋りが止まらない。遊歩道の桜の下では若いカップルがひそひそ話。夕闇が忍び寄ればベンチでホームレスがコンビニ弁当を広げる。

 ルームランナーを買ったのを機に散歩をサボっていたが、1年ぶりに歩いたら様子が少し変わっていた。あのブチ猫が姿を見せず、ホームレスのおじさんも定席のベンチから消えた。陽気と風向きによっては異臭で鼻が曲がるので息を止めて通り過ぎていたくせに、いなくなれば安否が気になる。ついでに小学校の校庭を覗きこむと、鶏小屋の裏に追いやられた二宮金次郎がしょんぼりと本を読んでいた。
 変化は時として寂しさを誘うものだと今更のように思った。

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