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「800字文学館」

蝦蟇(ガマ)屋敷

中村 晃也

 拙宅には、長径一メートル半、深さ六十センチの瓢箪型の池があり、数匹の金魚と鯉を扶養している。水草を入れ、電動の浄水器を設置して毎日のぞき込んでは癒されている。

 毎年春になると、庭に潜伏していた複数の蝦蟇が産卵にやってくる。昨年お玉杓子が大量に生まれ、先住民の鯉や金魚の姿が見えないほどになった。金魚迷惑を解消すべくお玉を小さな水槽に隔離飼育した結果、三十匹ほどの小さなカエルが育った。チビ共は水槽から出て庭に住みつき、普段は草むらや石の陰に潜んでいるが雨が降ると花壇に現れて、都度成長した姿が見られるようになった。

 今年になって恋猫の狂宴が終わり、月が替わって春一番が吹いたその夜から、申し合わせたようにガマが池に集まり、一晩中クツクツと切ない声で啼き交すようになった。うるさいなあと思ったが、新宿のど真ん中に住んで、筑波山麓ではあるまいしカエルの合唱で眠れない、というのは得難い経験だとあきらめた。
 ある朝、池の中に手の平大のガマが五匹、池の周囲に三匹の同類を視認した。彼らは同期生ではなく若者は黄土色、年配者はこげ茶色を呈し、オスは身体の大きなメスの背中にシッカリと抱き着き、中には三段重ねのアクロバテイックなパフォーマンスも見受けられた。
 振り返れば、さらに数匹のグループが池を目指して匍匐前進しているではないか! 我が家はガマ屋敷に変身した。

 一週間経つと、生命の宴は終わったとみえガマの姿は雲散霧消し、大量のトコロテン状の蝌蚪の紐が水中に漂っていた。金魚と鯉を大型水槽に一時疎開させ、トコロテンと池の底のヘドロを取り除き、壁面に着いた水苔をタワシでこすり取る作業が残った。
 古い長靴を履いての作業中、ヌルヌルの池の底で小さなガマを踏んでヒックリカエル醜態を演じ、ズボンの尻を濡らした。家族に笑われたが、ガマンの子に徹し一句捻った。

 剥き出しの命ひしめく蝌蚪の池  晃也 (角川版「俳句」星野高士特選)

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