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「800字文学館」

スマホ・デビュー小話

新田 由紀子

 マイ・ケータイを取り出す時の快よさ。片手にしっくりと収まるブリティッシュ・グリーン。画面はお気に入りの山岳風景。音や色を自分好みにアレンジして7年も使った。それが、最近は人前で気が引けるのだ。
「いつまでガラケー使っているの」と、娘たちが言う。ガラパゴス---独自な進化を遂げるうちに陥った周囲から取り残された状況---。まさか、われら高齢者世代のことではあるまい。こんなに使いこなして馴染んでいるケータイも自分もいじらしくなる。
 そのガラケーが契約更新期間に入った。乗り換えるなら今なのか。それも、格安スマホへ。リーゾナブルな目標が見えるとエンジンがかかった。「格安スマホ・デビュー」へとシフトチェンジだ。
 格安通信業者にはカウンターがない。購入契約はウェブサイトで行う。事前のマニュアルチェック、問題や環境の洗いだし、と進めているとまた言われた。「さっさと使ってみればいいじゃん」。そうなんだ。猫も杓子もみんな持っている。猫や杓子が情報収集や問題解決などしていないではないか。
 で、えいっとネットでスマホ本体を注文する。機種は量販店でチェック済みだ。次に、爪の先ほどのナノSIMカードが来る。これを、本体に挿入して通信設定をする。電話でテクニカルサポートを受けつつなんとか開通させた。調子に乗って二つの電話アプリを追加設定する。メールはPCと同じアドレスにして、Gmailも加える。PCのプロバイダーが格安モバイルも扱っていたので、一本の契約になった。月次容量もPCとスマホで軽快にシェアする。
 翌日から発信人不明の電話やSMSが入る。電話帳をまだ移していなかったのだ。タッチ・パネル入力も難関だ。指先がもたついていると画面がくるくる進む。アプリやプレイストアとやらを開ければ、およそ無用なコンテンツが騒々しく並ぶ。
 なるほど、高齢者がスマホ切り替えに渋る理由も然りと、ガラパゴス人は通信が切れてひっそり押し黙ったガラケーを懐かしむ。

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