作品の閲覧

「800字文学館」

ワインの会

大森 海太

 元J社のKさんは不思議な人である。自宅にワインの在庫を常時二〇〇本、おもにフランス各地の銘醸ぞろいで、中には目の玉の飛び出るような大貴族もおわしますのだが、本人は家では一滴も口にしない。奥様から早く片付けろと言われているとかで、元M社のYさんと私と三人のワインの会(時々ゲストあり)に無料提供してくださる。

 というわけで昨年末のある夕べ、Kさんはワイン四本を抱えていつもの某ビストロに現れた。前菜はロブスターのサーモン巻(KさんとYさん)、鱈の白子(私)、いづれも素材を愉しむ和食と違って、いろんな細工がしてあり原形をとどめていない。それと三人共通で特注の三陸牡蠣のソテー、こいつは美味かった。合わせる白ワインはすっきり系のサンセール(ロワール)と華やかなシャサーニュ・モンラッシュ(ブルゴーニュ)、どちらも素晴らしく熟成していて楽しめた。

 塩味の効いたオニオングラタンのあと、メインとしてKさんは順当に鴨のグリルを注文、Yさんはこだわりのフォアグラ丼、私は一つ覚えの仔羊。ここで赤の真打ち登場となり、一本目はブルゴーニュ北方のモレ・サンドニ(一九九八)。私はどちらかというとボルドー系が好みであるが、このモレ・サンドニはピノノワールの優雅なエキスが凝縮していて、イヤ近来飲んだなかでは最高・・・。
 そして最後に私の好きなボルドー地方右岸のポムロール(一九九九)。グラスを傾けるとビロードのような細やか、かつ濃厚なタンニンが口の中いっぱいにいきわたり、歯茎まで浸みこんで仔羊の脂を洗い流す。コレですよコレ! 身も心も陶然となる至福の一瞬である。

 いつもはこのあとグラッパで仕上げたりするのだが、この日はワインが特に好かったので省略し、甘いものとエスプレッソでお開きとなる。外に出ればクリスマスのデコレーションで光の海、ワインに浸って目が潤み千鳥足のお爺さんたちは、「良いお年を!」と言い交わしながら別れを惜しむのであった。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧