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「800字文学館」

パンダ二題

安藤 晃二

 正月の二日、妻が街の様子を観たいというので出かけた。上野でゴッホ展でも観ることにした。昼食のため南口からコンクリート構造の低天井が圧迫する、地下道や広小路に向かう道を歩く。上野は何時来ても親しみ深い。戦争直後の景色や独特の匂いまで彷彿とさせる。西郷さんの銅像の崖にそった大衆食堂と土産物屋は、いまや瀟洒なグルメビルに変身している。昼食後美術館に向かう。

 妻が左手に小走りに歩き、動物園の係のオジサンと話し始める。「シャンシャンとお母さんは予約抽選制で、当分は見られないそうよ。あの可愛いいパンダのお父さんなら、今直ぐ思う存分観られるので是非どうぞ、ですって」。ブームの混雑の想像は裏切られ、動物園が閑散としている道理だ。今日はやはりゴッホだ。

 歩きながらもう一つの「パンダのお父さんの物語」を思い出す。大晦日のAFPの記事、「サッチャー首相は米国行コンコルドにパンダの同道を断っていた」”Thatcher refused to take panda to U.S. in Concorde”英国の国立公文書館がいま初めて明らかにしたという。1981年一月、就任後のサッチャー首相とレーガン大統領が初首脳会談をワシントンで行う。折しも米国のスミソニアン協会よりはロンドン動物園に、発情期の米国の雌のパンダ用に、雄一頭のローンの要請があった。園長のズッカーマン卿は、これぞ両国の特別な関係を世に示す絶好の機会、ローン発表のタイミングは首相も英米関係に寄与すると考えるだろう。事もあろうに、パンダを首相のワシントン行きコンコルドの後部座席に乗せては、とまで提案する。
 さて、「鉄の女」の反応は、パンダのお相手を送るロンドン動物園の努力に首相が携わる事はない、「パンダの事はズカーマン卿が私などより、ずっと良くご存知、ご自分で巧くなさるでしょう」と手書きのメモを側近に渡した。秘書官より園長には「首相はパンダと同行しません。何と言いますか、パンダという動物と人間の政治家の取り合わせは運気が良くない*、まあそんなところでしょうか」
 *not good omen

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