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「800字文学館」

室内楽によるピアノ協奏曲

川口 ひろ子

 モーツァルトの「室内楽によるピアノ協奏曲」と題するリサイタルを聴いた。ピアノはドイツを代表する若手27のアレクサンダー・クリッヘル。
 ピアノソナタの他、ピアノ協奏曲12番14番が演奏された。伴奏はフルオーケストラではなく友人や家族で合奏が楽しめるピアノ+弦楽4重奏版が使われた。いずれもモーツァルト22歳の頃、故郷ザルツブルクを捨て都ウィーンで活溌に音楽活動を開始した頃の作品で、前途洋々幸せの絶頂にいる彼の高揚感が伝わってきてまことに楽しい曲だ。

 アレックス君登場、長身細身の研究者タイプで芸術家独特のアクの強さは少ない。まずはピアノソナタ。ガンガンと音を響かせる大雑把な奏法で私は指ならしかと聴いたが、隣席の楽譜の読める専門家M子は「変奏の部分など高度なテクニックが多用されていてよく計算された大変な頭脳プレイだ」と感心していた。

 後半は2つのピアノ協奏曲で、モーツァルト自身もピアノパートを弾き喝采を浴びたという。明るく陽気なこの頃の作品は大好きで昔から繰り返し聴いてきた。お気に入りはピアノ独奏ブレンデル、指揮マリナーのフィリップス版で50年程前に収録されたCDだ。ライブでは滅多に聴けないマイナーな曲でCDの音は私の耳に張り付いている。
 今回の伴奏は読売交響楽団のトップのほか精鋭奏者3人でその音色とテンポは切れ味鋭い古楽風。愛聴盤との違いに50年間の演奏スタイルの変化の激しさに驚く。しかし、これはこれで大変モダンで活きの良いモーツァルトであった。
 残念な点は、頑丈で大音響の現代ピアノと弦楽器の軽やかな古楽風の伴奏とのバランスが良くないことだ。次回は繊細な響きを持つもう少し小型のピアノで聴いてみたいと思った。

 多くのピアニストは様々な試行を重ねて今日のモーツァルト演奏のスタンダードを生み出そうとしている。
 アレックス君は冴えわたる頭脳をフル回転させて名ピアニストとしての未来を切り開いてほしい。

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