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「800字文学館」

円成寺の大日如来坐像

藤原 道夫

 円成寺は、奈良中心部からバスに乗って40分程、柳生の里に近い忍辱山(にんにくせん)という地にある。この寺に運慶が若い頃に彫った大日如来坐像があることを知ったのは随分前のこと。数年前の春に時間をやりくりして出掛けた。庭園の端から境内に入り、しばらく進んで本堂のある小高いところまで石段を登る。大日如来は本堂手前の新しい多宝塔に祀られていた。
 お像はガラス張りの内側に座しており、光の反射でよく見えない。光を手で遮りながら目を凝らし、お顔と智拳印とは何とか拝見できた。その後本堂に上り、美しい柱絵を見学した。
 その年の秋に再度円成寺を訪ねた。その時は光を遮るための紙製の装置が置いてあり、それをガラス面にひっつけてお像を拝見した。運慶が開発したとされる玉眼に、微かに入れられた朱色を確認することができた。お像の全体像ははっきり見えない。

 この秋に東京国立博物館で「運慶展」が催されたので行ってみた。第一展示室に入るや、「運慶のデビュー作」と記したパネルが目に飛び込んできた。円成寺の大日如来座像が台座の上で全貌を顕し、背面も斜めに見えるよう展示されていた。お像は運慶26歳頃の作品、全体にエネルギーが漲っている。金箔が斑に剥げているものの、お顔が若々しい。胸前の智拳印に力がこもっている、姿勢もよく。肩の張りから背中にかけてしなやかな色香が漂っているように感じた。円成寺ではこのあたりが全く分からなかった。一体現場で何を見たのだろう。
 ニューヨークでオークションにかけられ、真如苑が落札した大日如来坐像も展示されていた。73歳まで生きた運慶の中期の作品とされている。こちらはお顔立ちが穏やかでやや前かがみ、肩の張りが自然で緊張感が緩い。

 密教の中心的な仏である大日如来像を博物館で展示する事には、異論もあろう。しかし運慶の作品をはっきりと拝見できる機会は貴重だ。彫像の全貌が拝見でき、お像内面のエネルギーが表現されているように感じた。

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