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「800字文学館」

台風のおみやげ

首藤 静夫

 台風の残す爪痕は酷いものであるが楽しいこともある。子供のころ、台風と聞くと心躍るものがあった。
(今度は何が拾えるか・・・・・・)
 九州は瀬戸内海の西のはずれ、大分県の海岸部で私は育った。台風のあとは色々のものが漂着している。材木などに藻が絡んで打ち上がることが多い。しかしプラスチックは少なかったから今日のような見苦しさはない。カブトガニなども死骸で上がる。ある年には傷ついた生きた鴨を捉えた、もちろん炊き込み御飯に――。
 台風の翌朝はどの家も薄暗いうちから浜辺に出る。干潮時は干潟が広いのでわくわくする。お目当ては海の生き物だ。チヌなどもたまに上がるが、ナマコが多い。片端から籠に入れていくが、一杯になると味のまずい青ナマコを捨て、赤ナマコの形の良いものだけを残す。それほど拾えることもあった。大量のナマコだがご近所に配りようもない、ご近所も同じことだから。それで登校途中、担任の先生宅に届けて喜ばれた。幼いうちからゴマすりはうまかった。
 田舎ではただで手に入っていたナマコ、柿や蜜柑同様に金を出す気が今でも起きない。しかしナマコは近年値が張るようになった。赤の良形だと商売人も思い切り高値をつける。

 こうした楽しみを先日の台風21号が思い出させてくれた。多摩川の水量も相当で2階から見ると対岸は水がせり上がっている。翌朝、川の様子を見に行った。幸い当方側の岸は何事もないが、前夜臨んだ対岸に人影が見え、何やら慌ただしい。物珍しさに橋を渡って見にいった。向こうは少し低いので処々水びたしだ。
 その岸辺で人々がタモ網をもって川魚を捕獲している。昨夜オーバーフローした水で魚が飛び出し、水が引いたあとの浅瀬や岸に取り残されていたのだ。形のいい魚は取りつくされ、稚魚が無数に泳いでいる。せっせと本流に還している御仁を手伝い、数匹貰った。これがヤマベになるか、ウグイになるか。我が家の水槽でかわいらしく泳いでいる。

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