作品の閲覧

「800字文学館」

改ざんの構造

安藤 晃二

 1970年頃ニューヨーク(NYC)に勤務、日本からの鉄鋼輸出に従事した。ある出張の帰り飛行機が揺れた。エージェントの黒服のユダヤ系D氏を同道した。B727の機体は恐怖に軋み、限りない落下に叫び声が上る。隣席のD氏がやにわに機内誌を叩き、「見ろこの美人、尻もいい、足もいい、うわーっ凄い。おい、何故俺の意見に賛成しない、えっ?うぉー、うぉー」と叫び出す。墜落と死に直面、ストレスに耐えかねての常軌を逸した言動である。

 数日後、コネチカットの重要顧客から電話、悪い予感がする。NYCから90マイルの町に今回も黒服氏と出かけた。

 訪問先は米国でも随一の自動車部品ネジメーカー。材料であるCHQ(ネジ製造用品質)ワイヤを大阪の伸線メーカーS社の製品により、最近懸案の参入を果たした顧客である。顧客の仕入部長と顔を合わせた瞬間緊張感が走る。笑顔がない。黒服氏よりは、手もみゴマすりのお追従が始まる。たまりかねた部長が遮る。「あのワイヤは使えないね」。工場に案内され、問題の経緯説明がある。顧客側で材料の機械的強度試験を行ったが、数値がミルシートと合致しない、全量不具合品として返品するという。ネジメーカーの販売先はGM、フォード他、「ネジが原因で事故が生じたら我社は潰れます。その意味合は解りますね」。

 大阪S社の反応は「そら、お客側での使い方が悪いんですわ」。埒があかない。一週間後の朝、日本からの来客、応接室の中年紳士と名刺交換をしてわが目を疑った。大阪S社の製造部長である。あろう事か、製造部長氏は床に手を付き土下座をしたのである。今回納期対応に追い詰められ、熱処理工程は、半焼けの製品を社長も承知の上で出荷、ミルシートの数字は改ざんした、確信犯だ。それでも、何とか解決をと懇願する。納期遅延のストレスに耐えかねた揚句の常軌を逸した判断の結末なのだ。私はこれ以上の戦いを拒絶し「無条件降伏」を奨め終止符を打った。
 S社は数年後に倒産した。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧