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「800字文学館」

掃苔(そうたい)趣味

池田 隆

 新聞で「江戸・東京 文学と歴史のブラリ旅」と題するK女子大学社会人講座の募集記事が目にとまる。事前学習の後に西浅草の寺を巡るとある。日頃より都心の史跡旧跡などを訪ね歩いているので応募してみた。講師は江戸文学や浮世絵の女性研究者、参加者は十数名で男性は私を含め高齢者の三名である。
 その講座で「掃苔」という言葉を教わった。墓石の苔を掃き清めることから墓詣での意味だが、とくに歴史的な人物や敬愛する人の古い墓に参ることを指すという。太宰治や土方歳三などの墓は今でも人気があると聞くが、江戸後期の文人たちの間でも掃苔趣味が流行っていたとのこと。
 今回は勝川春章、葛飾北斎、鳥山石燕、谷文晁の絵師、加えて柄井川柳、伊能忠敬、高橋至時、幡随院長兵衛の掃苔を行った。超有名人の葛飾北斎、柄井川柳、伊能忠敬の墓には説明板もあり、直ぐに見付ったが、他は探すのにいささか難儀する。名高い人でも墓は質素で目立たないことが多い。この墓探しが掃苔の楽しみの一つという。
 掃苔には出来るだけ一人で行くのがよいそうだ。掃除用刷毛、水を詰めたペットボトル、線香などを持参し、線香が燃え尽きるまで目を閉じ静かにその主に思いを巡らすと、時空を超えた境地に達するらしい。
 五蘊(色受想行識)をフルに使えば、自分自身が江戸時代の浮世絵師や侠客になることも出来る。能楽を見始めた頃はしばしば登場する古人の亡霊があまりに嘘臭く思えたが、何回か観ているとその幽遠な雰囲気に溶け込めるようになった。能も掃苔も五感を使って文学や歴史を楽しむ点では共通している。
 考えてみると、科学的思考といっても所詮は人間の頭脳活動であり、芸術的感性や掃苔時の妄想などと違わない。自由奔放な想像力を活かし、論理優先で堅苦しい現代社会からタイムスリップしてみよう。
 まずは我が敬愛する太田南畝の掃苔に小石川(白山)の本念寺へ出掛け、彼になった気分で、
  今までは俺の趣味だと思ふたに掃苔される側もまたよし

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