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「800字文学館」

北イタリアの旅

斉藤 征雄

 海外旅行は、旅行会社のツアーに参加することを常としている。すべてが準備されているのでらくちんこの上ない。言葉の障害も起こらない。
 企画された旅程にひたすら身を任せるだけである。だから日程なども大雑把にしか頭に入っていないことが多い。ひどいときにはその日の朝、今日はどこへ行くの、などと質問してあきれられる。その方が新鮮な気持ちで旅を楽しめると、強がっている。

 九月、北イタリアを巡るツアーに参加した。成田を発って13時間かかってミラノへ、そのままバスで200キロ離れたベローナという町へ直行、ホテルに着いたのは深夜だった。ハードなスケジュールに驚いて改めて日程表で計算してみると、なんと実質六日間で2020キロをバスで踏破する予定が組まれていた。2000キロといえば日本列島を縦断できる。

 翌日は、北上してドロミテ街道を走る予定となっている。走行距離は350キロ。走るにつれてどんどん標高が高くなっていき、山が険しさを増していく。
 ドロミテは、アルプスの東南に位置する3000㍍級の山々が連なる山塊群である。マグネシゥムを多く含む岩石から成るので硬く侵食が遅いため、巨岩、奇岩の山塊群が形成されたという。天気は雨模様、そのうち霧に包まれてきた。霧の切れ目から突然目の前に現れる屹立した岩肌は圧巻そのものだった。この景色だけでも来た甲斐があった。
 ドロミテを含む北イタリアのこの地域は南チロルと呼ばれる。中世以来ハプスブルク家の所領だったが、第一次世界大戦後イタリア領となった。ドイツ語とイタリア語が混在するこの地域は、長く「未回収のイタリア」といわれたが、イタリア領となった今日でも様々な問題が内在するといわれている。

 南チロルからスタートした旅は、湖水地方、マッターホルンの麓の村チェルビニア、氷点下のエルブロンネ展望台などを周った後、ローマ時代からの都市アオスタで最後の夜を過ごした。
 ローマなどとは違う別の表情のイタリアを満喫して帰路についた。

【参考】 南チロルについては、『悠遊』二十三号に掲載の『南チロルは「未回収のイタリア」』(松浦俊博)に詳しい。

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