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「800字文学館」

嵐のピアノリサイタル

内藤 真理子

 当会のkさんのご厚意で、彼女が所属するモーツアルティアン・フェライン主催の音楽会に行った。
 会場は、会員個人が所有する五十席程の小さなホールで、その日は、音楽に疎い私は知らなかったが、知る人ぞ知るというピアニストの江端津也子さんのリサイタルだった。
 折しも十月二十二日、選挙の投票日。その上台風の接近による風雨が猛威を振るっていたが、ホールのロココ調の椅子は全部埋まっていた。

 一曲目、演奏者が編曲したと添書きのある、モーツアルトの「何と素晴らしい音楽」(魔笛より)と題する演奏が始まった。片手で鍵盤を一音づつたたく演奏は、澄んだ高音が耳に心地良い。そこから厚みのある音に変わって行くのだが、題名通りの音楽だった。
 二曲目、三曲目と進むうちに、ピアノの音は、素人目にも技術的に高度になり、流れるように、波打つように、うねるようにと、一人の人が弾いているとは思えないように複雑に絡み合い、私の魂は、手を突っ込んで揺さぶられているような心境になった。
 これまでにも何度か著名なピアニストのコンサートに行ったことはあるが、こんな経験をしたのは初めてだった。
 そして気がついた。会場が狭い上に、圧倒的に迫力のある演奏なので、期待以上に音や想念が伝わってくるのだと……。
 前半の最後の演奏は、モーツァルトが母親の死後作曲したKV310で「第一楽章は突き上げてくる激しい感情の叫び。第二楽章、深い悲しみと嘆き。第三楽章、内に秘めた葛藤の後、希望に満ちた美しさ」という風に感情の解説があったが、私には、めくるめく嵐のようなうねりを伴う音が充満していて聞きほれているうちに、長い曲目は終わった。その時、江端津也子さんの肩も波打っていた。全身全霊で演奏していたのだろう。
 もの凄く練習しているのだろうな―、でなければこんな音が作れるわけがない。
 リサイタルが終り、外に出ると雨も風も一段と勢いを増していた。その嵐は彼女の演奏を聞いた余韻のようで、心地よかった

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