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「800字文学館」

「ICAN」ノーベル平和賞を喜ぶ

池田 隆

 二〇一七年十月七日の朝、新聞を開くと「核廃絶『ICAN』平和賞」の大きな見出しが目に飛び込んだ。数日前に同郷長崎生れの作家カズオ・イシグロがノーベル文学賞に輝いたが、その時にもまして心底より嬉しさがこみ上げてくる。
 ノーベル委員会は「授賞は核軍縮に取り組む全ての人に捧げる」と述べ、ICANの事務局長は「核兵器被害の実態を伝える被爆者への敬意だ」と語る。
 九年前に一被爆者としてNGО「ピースボート」の企画「ヒバクシャ証言・地球一周航海」に参加した。ピースボートはICANの主要なパ-トナー団体である。この旅は大企業OBで元原発技術者の私に、世界で胎動する反体制的な多くの社会事象について多大の知見と衝撃を与えた。
 たとえば

  • 南半球諸国における主要国を含む反核協調体制
  • NGОなど非営利団体の国家を超えた国際的地位と経済基盤
  • 欧州各国での旺盛な自然エネルギー普及

等である。
 その一方で核に対する日本政府の欺瞞姿勢とマスコミ界の偏向報道に強い憤りを覚え、政財学界が流布する原発安全神話に危機を覚えた。
 ここ数年世界で体制的な国家主義が復活し、核軍縮は停滞している。それにも拘らず反核・反体制の活動は着実に進展し、国連での核兵器禁止条約の締結にまで漕ぎ着けた。今回は世界最高の良識機関より錦の御旗を得た。関係者は自信を深め、活動を加速させることだろう。
 核保有国やその同盟国における体制派の壁は今なお頑丈に見える。だがベルリンの壁、バスティーユ、幕藩体制の崩壊のように、一見強固な旧体制も一旦崩れ出すと意外に脆い。歴史は物語る。大きな潮流を変えるには、長期的視野、卓越した識見、強い倫理観を有する指導者と、それを草の根で支える大勢の市民が必要であると。
 とかく我々は自国、自分の属するグループ、自分個人の目先の利益と安全にのみ関心が向き、人類の一員として将来への責任を忘れがちになる。十日後に控えた総選挙に際し改めて心しよう。

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