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「800字文学館」

草津音楽祭2017

川口 ひろ子

 草津音楽祭はウィーンをはじめ欧米各地の第一線で活躍中の演奏家を招聘して、毎年八月後半の十五日間草津温泉で開催される。午前中は日本各地から参加した音大生など若者の為のレッスン、午後からはこれら先生方の模範演奏会が行われる。開始より三十八回目を迎える今年、採り上げられた作曲家はモーツァルトだ。

 彼が生きた十八世紀のヨーロッパは、ロココと呼ばれる絢爛たる貴族文化が花開いた時代であった。煌めく蝋燭の光の下、貴族の館での宴は豪華極まるものであったと言われている。このような空間で、音楽はもっぱら貴族階級の社交や娯楽の為のバックグラウンドミュージックとして提供された。
 モーツアルトが故郷ザルツブルクを捨て、新天地を求めてウィーンに移り住んだのは丁度この頃で、すぐに人気者となり次々と傑作を生み出してゆく。貴族の中には鑑賞だけでは物足りず自ら楽器を奏で自宅に同好の志を招いて合奏を楽しむ人たちが現れる。モーツァルトはこれら愛好家のために多くの室内楽を作曲している。

 八月二十八日の演奏を聴いた。この日のテーマは「室内楽が持つ多彩な響きを聴く」で、「ピアノ三重奏曲」など室内楽五作品が演奏された。特に印象深かったのは最後に演奏された「ピアノ、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットのための五重奏曲」だ。
 授業を終えた音大生たちが模範演奏を聴く為に舞台後方の席に詰め掛けている。彼らの「全部吸収してやるぞ」と言わんばかりの熱気に応えたのだろう。「こう弾くんだ、どうだ!」と先生方は腰を浮かしての大変な熱演だ。厳しい教授であると同時に陽気な演奏家たちは「楽しくやろうよ」とばかり、次々と円熟の技を披露してくれる。
 四種類の管楽器が次々に登場、ピアノと会話を交わし、もつれあったり、じゃれあったりして徐々に速度を上げ、賑やかなフィナーレとなる。音の精が乗り移ったような名演奏。客席からは割れんばかりの拍手喝采が長い間続いていた。

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