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「800字文学館」

シャモニ・モンブランとレディ・ダイアナ

志村 良知

 丁度20年前の8月の終わり、姪がヨーロッパの田舎が見たいとコルマールの我が家に遊びに来た。それならアルザスは適地である。近所を案内したほか、一人歩きも楽しんだようだった。一か所だけの希望観光地はシャモニ、以前弟がスキーに行ってその様子を吹きまくるのでどんなところか見たいのだという。
 金曜日、半休をとってシャモニ入り。翌土曜日は雨模様、「イタリアにも行った」と言える良い機会とモンブラン一周のドライブ。
 モンブラン・トンネルを抜ける。大火災事故の前だったので特に不安は無く、有名な長大トンネルを走るという興奮のみだった。イタリアに入るとアオスタまで高速道路。出口で料金を用意のリラで払い、釣り銭は姪にイタリア体験記念品として進呈する。
 アオスタからナポレオンとセント・バーナード犬で有名なグラン・サンベルナール峠に向かう。観光施設が整った峠の天辺(2469m)にはスイスとの国境が真ん中を走る大きな湖があるが、生憎霧に包まれていた。その霧の中から犬の吠え声がする。セント・バーナード犬の繁殖所で、子犬から成犬まで数十頭がいる。普通の大型犬位の体躯の若い犬の食事風景はそれだけで十分なショーだ。パスタと挽肉を混ぜた御馳走山盛りの洗面器を前に、「待て」で身をよじり苦悶の声を漏らしながら我慢、「よし」で洗面器は20秒ほどで空になってしまう。
 生まれたばかりの子犬が沢山いて抱かせて貰える。首の名札に名前と父犬、母犬が記されている。姪が「あら、どの子もお父さんはバリーだ」と気付いた。聞くと、一番優秀な雄が一頭だけ代々バリーを名乗り、ここは彼のハーレムだという説明だった。
 翌日は大快晴。朝一番のロープウェイでエギーユ・ド・ミディ(3777m)へ。氷柱だらけでかちかちに凍りついた展望台で寒さに震えながらもマッターホルンまで見通せる絶景に大満足。
 朝食後、下界に降りてきたらみんな待合室のテレビに見入っている。パリでのダイアナ妃事故死のニュースだった。

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