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「800字文学館」

旅日記 ―紀伊勝浦で飲み食いする―

野瀬 隆平

 紀伊半島をめぐっている。今宵の宿は紀伊勝浦の小さなホテル。
 翌朝、早起きして魚市場に向かう。潮の香りを吸いながら歩くこと10分。水揚げされたばかりの近海で獲れた生のマグロが、所狭しと並べられている。ひと通り写真を撮りおえてホテルへ戻る。ぬかりなく今晩の食いもの屋を物色しつつ……。
 今日の予定は、熊野三山めぐりだ。熊野本宮大社、熊野速玉大社とめぐり、熊野古道のほんの一部を歩いて最後に訪れたのが、熊野那智大社だ。滝を近くで見物したあと、延々と続く石段を昇って那智大社と青岸渡寺に参拝する。

 宿に戻ってシャワーを浴び、さっぱりした所で街に繰り出す。夕食の場所として選んだのは、ホテルのすぐ近くにあるIという店だ。
 客はまだ誰もいない。さて、どこに陣取ろうかと迷っていたら、
「ここにどうぞ」
と店の人に席を指定された。すでに予約がたくさん入っているらしい。
(少し遅く来ていたら、この店で飲み食い出来なかったのか……)
ホッとすると同時に、ここに決めたのは間違いでなかったと確信する。
 勝浦でマグロを食べないのは少々気が引けるが、もともと赤身の魚が好みではないし、今朝あまりにもたくさんゴロゴロと床に並べられているのを見て食傷気味だったので、あえて注文しなかった。
 魚が陳列されたガラスのケースを覗くと、イサキやヒラマサなど白身の魚が目に入る。店主のおすすめもあり、イサキにする。
 さて、お酒である。訊くと、
「地酒の熊野三山はどうですか」
という。
 熊野三山を巡ってきた一日を終えるのにふさわしい。迷わずこの吟醸酒に決めた。口に含むとほのかにフルーツの香りが広がる。しかし、ごくりと飲み干すと、その味は意外と辛口である。
 歯ごたえと味ともに申し分のないイサキ。地酒にも大満足だ。
 久しぶりにラーメンで締めたくなった。隣の席で呑んでいる地元の人に教えてもらったラーメン屋へ、よろよろと向かう。
 心も腹も満たされて、無事ホテルに帰還した。

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