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「800字文学館」

柿右衛門様式のモーニング・カップ

藤原 道夫

 若い時から朝はパン食で通してきた。飲物用に今は柿右衛門様式で絵付けされた小振りのカップを使っている。これを入手したのは偶然の縁から。

 陶磁器に関心を持ち始めた随分前から、一度有田に行ってみたいと思っていた。それが20年ほど前に実現した。先ず酒井田柿右衛門の窯元に。茅葺きの立派な家屋の中に展示室があり、見事な作品が陳列されている。小品でも0が二つ多いのではないか、と眼を疑う値がつけられていた。

 そこから街中に向かうと、間口の狭い陶磁器店の前に出た。中に入ってみたところ、なかなかよい焼き物が並べてある。店番の青年と話しながら見ていくと、薄めの群青で青海波や松の模様が描かれた大皿(径30cm余)が目に入った。表示価格の半値でよいというので買い求めた。次に目に留まったのが今使っているカップ、柿右衛門様式の特徴とされる渋い赤・黄・緑・薄い青で一側に梅、他側に菊が描かれている。ソーサーも気に入ったので求めた。

 会計を済ますと、青年は父親の事を話し始めた。父親は長年柿右衛門窯で絵付師として働いていた。どんなに上手に描けても柿右衛門の銘が入り、最終的に法外な値が付けられて世に出る、と言う。定年を迎えるとすぐに仕事場から外されたとか。父親は未だやれると思い、自分の工房を立ち上げた。作品が柿右衛門窯に遜色ない出来栄えでも、当然自分の工房の銘が入り、値段も相応になる。

 カップはしばらく棚の中にしまっておいた。使い始めたのは7,8年前、それまで愛用していた英国製のカップを割ってしまってから。その時阪神淡路大震災で被災した知人の話しを思い出した。「家内が集めた高価な数々のカップを食器棚に飾って置いた。地震によって棚が倒れたために、それらは使われることなく一瞬にしてがらくたになってしまった。求めたものは使った方がよい」

柿右衛門様式のカップが手に馴染んで来た。美味しく入れたコーヒーを味わっていると、一段と豊かな気分になる。

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