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「800字文学館」

『北越雪譜』から ―雪崩―

大月 和彦

 今年3月、那須町のスキー場で登山訓練の高校生らが雪崩に遭い、8人が死亡する事故があった。春先に季節外れの大雪が降り、雪崩注意報が出ていた中で、登山やスキーの専門家がいたのに起こった事故だった。雪の恐ろしさを改めて教えてくれた

 2百年前に書かれた『北越雪譜』には、春先の雪崩は規模が大きく、大木や大石を巻き込んで人家を襲う難儀な事象だとして雪崩の話が数篇載っている

「雪頽人に災す」 雪崩で死んだ男の話。
 妻子3人と暮らす男が2月のある朝外出したが夕方になっても帰らない。不審に思った妻が人を遣って外出先に聞くと来ていないという。夜になっても帰らず近所の人も集まって心配していると一人の男が来て、今朝山道の途中で主人と言葉をかわして行き違った。その後しばらくして雪崩の音を聞いたので心配していたという。
 翌朝村人が山道を行くと道が長さ40mにわたって雪崩で埋まっていた。村中の鶏を集めて雪の上に鶏を放すと一羽が突然ときの声を上げた。そこを掘ると血に染まった雪の中から遺体が見つかったという。

「寺の雪頽」 雪崩は山に限らない、お寺をも襲う。
 牧之の伯父にあたる住職が二階の窓から軒に出来たつららを木鋤でたたき落としたところ、突然本堂に積もっていた雪が滑り落ち、住職の部屋になだれこんだ。半身が埋まってしまうが奇跡的に命は助かった。

「雪頽と熊」 熊の胆の値段。
 ある男が善光寺参りの留守中に火災に遭い家を焼失する。田地を質入れして再建を図り仮家で一生懸命に働いていた。
 冬のある日薪を採りに山へ入ると雪崩の跡に大きな熊が押つぶされているのを見つける。目印をつけて帰り、翌日行って熊を解体し胆や皮を持ち帰った。胆が9両、皮が1両で売れた。大金を手にした男は田地を取り戻し、家はその後栄えたという。

 越後では山道を歩いていて雪崩による遭難はよくあること、他国の人が春先の山道を往来する時は用心すべきであると説いている。

註 『北越雪譜』ではなだれを「くずれおちる、衰える」の意の「頽」を使い「雪頽」と表記している。 

(19・4・13)

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