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「800字文学館」

花見と余禄

内藤 真理子

 お花見をしようと、玉川上水沿いを井の頭公園に向かった。国学院久我山のあたりの舗装された道では、植えてから十年くらいの若い桜が、真っ直ぐに大きく枝を伸ばし、川に向かって豊かにふさふさとピンクの花を咲かせていた。
 ここを過ぎると昔ながらの玉川上水になり、鬱蒼とした木立の崖下を川が流れている。土手に点在する桜の木は、太く大きく黒々と苔むして、なかなかの枝ぶりなのだが、細い枝の先に垂れ下がる花は、小ぶりで少ない。すっかり古木になって、そこに咲く姥桜は白っぽい色に見えるが、ひとえの花びらが清々しい。
 やがて井の頭公園。ブルーシートを避けながら、橋に……。人、人、人を掻き分け、橋の中央から見る桜は天に聳えるように高く、そこから直角三角形で両岸から池に向かって淡いピンクのふんわりとしたかたまりをせり出させている。それが池の奥行に幾重にも続いている。
 お見事! 今年も見ることが出来た。
 連れ合いと二人、人混みに押されながら公園の入り口にある老舗の焼鳥屋に直行。午後三時頃なのにもう満員。店員に案内された四人掛けのテーブルには先客が二人。焼鳥とビールを注文すると、老夫婦の私達にはもう会話がない。
 すると、隣に座った男性が話しかけてきた。何でも以前この近くの会社に勤めていて、この焼鳥屋には度々来ていたので懐かしくて……。今は川越で飲食店をやっているのだが、今日は定休日なのでわざわざ来たのだ、と話し出した。年は四十一歳だそうで、わが息子と同じくらい。連れの女性は若く見えたが 孫が六人もいるという話だった。
 夫も、学生時代からここにはよく来るのだと話し、私も一度行ったことがある川越の話をし、又、みんなで吉祥寺界隈の話になり、と盛り上がり、楽しいひと時だった。

 帰りには「あの二人は、姉と弟だろうか?」「いや、店主と店員だろう」「私達に話しかける位だから、恋人ではないわよね」と、普段会話のない夫婦にとっては、お花見の思いがけない余禄だった。

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