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「800字文学館」

宇治 ~湯葉のあんかけ丼~

浜田 道雄

 二月の末三年ぶりに奈良へ旅した。この旅では奈良に行く前にぜひ寄りたいところがあった。宇治の平等院の参道に並ぶ一軒の食事処である。

 三年前の旅では宇治に立ち寄った。ながらく訪れていない平等院に行って見ようと思ったのだ。だが残念なことに、鳳凰堂はその一週間前から修繕に入っていた。建物は全てぶざまなシートに覆われており、両翼を大きく広げた鳳凰堂の美しい姿も、もちろん定朝の阿弥陀仏も拝むことはできなかった。
 がっかりしながら帰る途次、参道に並ぶ一軒の食事処で昼食をとったのだが、そこで食べた「湯葉のあんかけ丼」が思いのほか美味しく、鳳凰堂での不首尾をかなりまで埋め合わせてくれた。
 それで、今度の旅でもまたその店で「あんかけ丼」を食べようと思ったのである。

 駅から参道を歩いてしばらく行くと、宇治川にほど近いところにその店を見つけた。さっそくカウンターに腰を下ろして、「湯葉のあんかけ丼」を注文する。
 前の旅では気づかなかったが、店は料理をする店主とパートらしい女性の二人だけでやっているらしい。
 店内はキッチンを見渡せるカウンターの他には四つほどのテーブル席があるだけだが、全体がゆったりとしていて、あまり濃くない墨色を基調にした装飾は京都らしい地味な作りで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

「湯葉のあんかけ丼」は京都ではとくに珍しいものではない。湯葉をだし汁で炊き、葛を溶かしたあんを大ぶりの浅い丼に軽くよそった飯の上にかけまわして、三つ葉などをちょっと添えるだけのものだ。京都ならどこの飯屋でも出すごく普通の丼である。だが、味は店によって大きく異なる。

 やがて、「湯葉のあんかけ丼」が運ばれてきた。飯と熱いあんを少しだけ掬って口に入れる。葛あんのからまった湯葉の柔らかな感触が舌を包み、だし汁のうま味が口一杯に広がる。もう一口入れる。そしてもう一口。
 三年前の美味の記憶がよみがえり、至福のひとときが過ぎて行く。

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