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「800字文学館」

頑張れ新人

川口 ひろ子

 モーツァルト愛好家の集いで、小林沙羅さんのレクチャーコンサートを聴いた。テーマは「モーツァルトのオペラに於ける女性像」。
 沙羅さんは、現在わが国で最も期待されている新進気鋭のソプラノだ。モーツァルトのオペラの他に「神風」など新作オペラの主役を演じ、抜群の歌唱力、演技力を示してくれた。国内、欧州を往復して活動していたが、結婚、出産を機に拠点を日本に移し新境地を開拓するという。

 前半の講演会では、モーツァルトのオペラの女性達について「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コジ・ファン・トゥッテ」の3作品から歌手の立場からの意見を語ってくれた。
 概要は以下の通り。
 彼女が共感出来るのは、身分制度の厳しい18世の欧州で、小間使いや小作人の娘など社会の底辺で生きる女性たちだ。
 伯爵夫人など上流の女性は女の本音を語らない。体面を繕って悩むばかりで幸せにはなれないキャラだ。それに比べて身分の低い彼女たちは、少々の不遇など意に介さず逞しい。楽譜を深く読みこむと、モーツァルトが、いかに、この女たちに共感を持っていたかが判る。

 後半は演奏会、モーツァルトの作品からこの元気な女たちのアリア7曲を歌ってくれた。出産前と変わらない若々しい声、軽やかに抜ける美しい高音、可憐な演技、会場はたちまちオペラハウスに変る。
 講演の中で、沙羅さんは役柄について歌手の適正と好みとは別物と語っていた。私は、彼女に適した役は、優柔不断で好きではないと言っていた高貴な女性だと思った。小利口な女をしきりにほめていたが、ないものねだりに思える。このような役が得意な芸達者は他にいくらでもいる。沙羅さんは舞台に立って「華」のある歌手、プリマドンナを演じられるご自分の才能を大切に育ててほしいと思った。

 可能性無限のソプラノが、今後、どの様に賢明な選択をし、どの様な新境地を開拓するのか?
 熾烈な競争に打ち勝って、大輪の花を咲かせる日を楽しみにしている。

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