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「800字文学館」

希望を歌う童謡

野瀬 隆平

 近ごろ夜中に目が覚める。時計みると午前3時前後のことが多い。同じように3時ころに目が覚めるという友人は、床をぬけ出しおちょこ3杯の日本酒を呑むと、またすぐに眠りにおちるという。
 私は酒を呑むのではなく、枕元にある携帯ラジオのスイッチを入れる。おなじみになっている「ラジオ深夜便」がイヤホーンから流れてくる。3時台は「日本の歌・心の歌」だ。昭和のナツメロのこともあれば、比較的新しいポップスの場合もある。
 この日は、懐かしい童謡を聴かせていた。戦後間もないころラジオから流れていて、自然に覚えた川田正子や孝子などが歌っていた曲である。
 例えば、「汽車ポッポ」や「鐘の鳴る丘」など。幼いころの想い出に浸りながら耳を傾ける。じっくりと歌詞を聴いていて、一つ気づいたことがある。

「汽車ポッポ」という童謡、元々は昭和13年に発表された「兵隊さんの汽車」という歌である。それが、戦争が終わった昭和20年にリメイクされたものだ。原曲の歌詞は、
「……まだまだ ヒラヒラ 日の丸の 旗を振り振り送りませう
  萬歳 萬歳 萬歳 兵隊さん 兵隊さん 萬々歳」
であり、出征兵士を送る戦意高揚の歌だった。その歌詞が新しい歌では、
「……ゆこうよ ゆこうよ どこまでも 明るい希望がまっている
  走れ 走れ 走れ がんばって がんばって 走れよ」
に替わっている。
 もう一つの曲、「鐘の鳴る丘」はいうまでもなく幼いころラジオにかじりつくようにして聴いたドラマの主題歌だ。4番の歌詞が、
「……昨日にまさる今日よりも あしたはもっと しあわせに
  みんな仲よく おやすみなさい」
で終わっている。

 いずれの歌も、戦争という苦難の時代が終わり、「さあ、これから希望をもって前に進もう」と励ます歌詞になっている。貧しい中で懸命に生きようと、日本の国民全体が同じ方向に走りだしていた70年以上も前のことである。いつもなら途中で眠ってしまうのだが、この日はあれこれと思いを巡らせているうちに、最後まで聴いてしまった。

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