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「800字文学館」

『ハドソン川の奇跡』

都甲 昌利

 二〇〇九年一月、冬のニューヨークは寒い。USエアウエイズ1549便がニューヨーク・ラガーディア空港を飛び立った。離陸直後、鳥の大群が二つしかないエンジン双方に吸い込まれエンジン停止を起こした。空港付近に野鳥がいることは多い。僕が羽田にいた頃は、空港職員が鉄砲で鳥を撃退していた。
 片方のエンジンに入ることはあるが、両エンジンを止めるというのは珍しいケースだ。高速で回転しているジェットエンジンのブレード(羽根)によって鳥は粉砕され、後部からチリとなって出てしまうから停止することは少ない。

 推力を失った航空機はグライダーと同じである。風に任せて飛ぶしかない。とは言え極寒のハドソン川に着水することは至難の業である。
 水面はコンクリートより硬いと言われ、下手をすると機体がバラバラになってしまう。機長は垂直尾翼や補助翼を絶妙にコントロールしながら奇跡的に降下した。奇跡の実話である。離陸後約五分で無事不時着水に導いた機長の決断、40年の経験に基く判断力と技術力が一五五名の生還を実現したのであった。

 しかし、事故後、英雄的に賛美された機長の行為が一転、国家運輸安全委員会で疑問視された。裁判の尋問のように、「緊急着水により乗客の命を危険にさらしたのではないか」、また、「ラガーディア空港かニュージャージー州デターボロ空港に安全に行けた筈だ」というのだ。委員たちの疑問データをインプットしたコンピュータによる解析は、機長の行為を否定する。徹底的な事故の検証はさすがアメリカだと感心したが、全てコンピュータ頼みの判断が重視されているところは恐ろしくもあった。
 最終的には機長の反論が取り入れられコンピュータ・シミュレーションにより、「引き返しは不可能」であることが証明された。ようやく嫌疑が晴れる。

 映画のラストで「再びこの機長と飛びたいか」と問われた副操縦士の台詞は「(今度は暖かい)七月にね」だった。

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