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「800字文学館」

『北越雪譜』の世界

大月 和彦

 江戸末期に越後塩沢(南魚沼市)の文人鈴木牧之が著わした『北越雪譜』は、雪国の暮らしの中で見聞した風習、生活、奇談などのほか、雪の形、雪の深浅、初雪などを科学者の目で観察した記録である。
 123話からなるこの記録は雪国の百科事典といわれ、全編を通じて雪の重圧にあえぎ、強大な自然の力を前に諦め、耐え忍ぶ越後の人々を描いている。
 800部売れて江戸のベストセラーになったという。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」で始まる小説に描かれた世界―新潟県魚沼郡一帯が舞台となっている。有数の豪雪地で、一晩に6,7尺降ることがあり、天保期のある年には、降雪量が18丈(54m)に達したと記している。

 縮(ちぢみ)の仲買を営む裕福な家に生まれた牧之は、俳諧や経(けい)書、書画をよくした文人で、滝沢馬琴や十返舎一九などと交流があった。

 牧之は、暖国では雪が降って銀世界となると雪を花にたとえ、絵に描き詞を作るなど雪を風流と考えて楽しむ、と羨む。
 雪国は大違い、雪に苦しんでいる、雪は財を費やし千辛万苦する暮らしの大敵だと嘆く。

 屋根、梁、柱など建物の補強や修理、通路の雁木作り、井戸や厠の雪囲い、吹雪や雪崩による遭難、川が雪で塞がれて氾濫する「雪中洪水」などを紹介し雪のマイナス面を列挙する。巻頭に村人が総出で雪を掘り起こす挿絵が載せてある。
 半年以上雪の下に埋もれる村の様子を、広く知らせたい思いが伝わってくる。

 雪国のハンディを克服することが政治家としての原点だったという新潟県出身の田中元首相は、雪の重圧を取り除こうと列島改造を進めた。新幹線と高速道路を通し、生活道路や農地などのインフラを整備した。スキー場や温泉が開発され観光客が増え、地場産業も発展した。
 塩沢にある鈴木牧之記念館にいると近くを走る高速道路の騒音が聞こえてきそうだ。

 まもなく雪の季節、今冬も雪降ろしなどでの雪の事故のニュースが伝えられそうだ。牧之の世界はまだ続いている。

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