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「800字文学館」

白樺派の悩み

志村 良知

 家人は30年ほど前、静岡県で杉林の近くの家に住んでいた頃スギ花粉症になった。その後アルザスに住むことになり、翌春からは花粉症症状は現れず、すっきりした日々を送った。しかし数年後症状が再発した。家庭医からアレルギー専門医に回され、検査の結果白樺花粉症と診断された。中部ヨーロッパではごくありふれたアレルギー症とのことだった。
 帰国すると今度はスギ花粉の飛散情報通りの重さで花粉症症状が現れた。対症療法ではなく、根治を求めて耳鼻科に通い、レーザー治療などを受け小康を得ている。

 今年の夏、食事の後で唇がかゆく口の中がイガイガすることがある、と言い出した。何か食べ物に起因しているらしい。一日30品目以上を食べることを目標にしているので、原因追求は簡単ではなかったが、ある日、桃を食べるとその症状が出るらしいことが判った。
 果物のアレルギーなんて有りかよ、とネットで調べると、かなり一般的なことであり、桃はその代表であることがわかった。さらに白樺花粉症患者は果物に反応しやすいとも書いてある。そこで、おそるおそる桃を再試行してみると大当たり、家人は大好物を一つ失った。
 少しづつかじってみて、アーモンド、リンゴ、キウィ、胡桃、柿などにも強弱の差はあれ反応するが、蜜柑、葡萄、アボカドなどには平気らしいことが分かった。最初にかかった近所のアレルギー科の先生は、「果物のアレルギーはそれを食べなければ良いのだから」と気楽な事を言うらしい。確かに先生が診ている卵、小麦、牛乳などの深刻なアレルギー患者に比べればなんということはないのであろう。
 しかし果物好きの家人にとっては重大時である。根治の方法はないかと紹介状を書いて貰い、おそろしく取りにくい大病院の予約をようよう取った。そして丁寧な問診と原因追求の検査が始まった。果物やナッツは何が良くて何が駄目なのか、治療法はあるのか、桃が食べられる日は来るのか、白樺派の悩みは深い。

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