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「800字文学館」

「ニモ」の生殖

首藤 静夫

 カクレクマノミを飼育して6年になる。ディズニーのアニメでご存じの、あの「ニモ」の仲間である。水替えや苔とりは大変だが、珊瑚や藻を揺らし、くねくねと泳ぐ姿はユーモラスで見飽きることがない。
 この魚の生殖がまたユニークだ。例えば同じサイズの幼魚5匹を一群れとしよう。成長にともない個体差が現れる。そして一番大きくなったのが群れのメス、二番目がオスとなりカップルの誕生である。3番目以下はというと、いつまでも無生殖状態なのだ。子孫を残せるのは上位2匹である。
 ところがNo.1のメスが何らかの事情で死ぬ。すると、No.2のオスが昇格してメスに性転換、No.3が晴れてオスとなり新カップルになる。その他は無生殖のままだ。
 性転換を行う魚種はほかにも知られているが、この魚の生殖は別格であろう。

 2年前にカクレクマノミ2匹を買ってきた。わが家で3代目のペアになる。購入の当初は区別が分からないが半年くらいで個体差があらわれた。給餌の際、大きい方が優先権を主張、他の1匹が餌に近づくと捕食を中断して追い回す。大きい方がかなり食べたのち、小さい方に食事が許される。可哀想なので小さい方の周りに餌をまいてやるが食いつかない。
 それでも今度のペアは円満な方で、大きいのが寛容なのか小さい方の餌取りを大目にみることもあった。そのうち小さい方が次第に大きくなり、追いついたのだ。
 8月のある日、2匹のバトルが始まった。追いついた方はスイッチが入ったように狂気じみ、執拗に、激しく、攻撃する。翌日もやっている。見かねて水槽内に仕切りをいれたが手遅れだった。ひれをちぎられ、体表まで傷ついた旧No.1はまもなく死んだ。勝ち誇ったように水槽内を1匹で悠々と泳ぐ旧No.2。果たしてお前はオスのままなのかメスに転換したのか、はたまた無生殖に戻ったのか。
 ヒトの世界も性転換やら生殖本能の減退やらと騒がれている。もしかして魚への先祖還りが始まった?

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