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「800字文学館」

宮本亜門演出の『フィガロの結婚』

川口 ひろ子

 モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』を鑑賞した。
 宮本亜門演出によるこのプロダクションの初演は14年程前で、好評につき再演を重ね今回4度目の上演となる。東京文化会館は満員で「若者にもっとオペラを楽しんでもらおう」という主催者の願いは十分に叶えられたといえる。

 一番の収穫はニール・パテルによる舞台装置で、直線を使った大胆な構成が秀逸だ。舞台いっぱいに置かれた巨大な3つの直線アーチが前後左右に動き、様々なシーンに変化する。幕開けでは狭い使用人の部屋になり、次に奥行きの深い伯爵邸のサロンに変わる。特にフィナーレ、夜の森のシーンが素晴らしかった。木立に変身したアーチは角度を変えて回転し、照明により青、紫、赤と変化し、幻想的な闇の世界を表現している。
「皆さんを不思議な夜の世界にご案内しましたが、如何でしたか?」と問いかけているようだ。

 一方、宮本演出は奇を衒ったものではない。しかし、解り易さだけを目的にしたかのような陳腐な表現には満足出来なかった。
 生きることの喜怒哀楽を細やかに描写しているが、軽くて、陽気な音楽に乗せて、おふざけの中に毒をちらつかせるオペラブッファの、苦笑いするような面白さがなく、アクが少ない点が不満だ。
 この日は新人歌手中心のBプログラムだったせいか、男女とも声量のない人が多い。その中で、伯爵夫人を演じたベテラン増田のり子の、夫への不信を訴えるアリア「愛の神様」には感動した。憂いを含んで朗々と響く声、気品のある演技は今回の舞台の水準をぐっと高めていた。

 日本人によりイタリア語で歌われる今回の公演、歌唱、演技共不自然に西洋人のまねでない点が良い。ヨーロッパの民族芸能の集大成ともいえるオペラを、よくここまで日本の作品に消化したものだ。
 身の丈の日本の味に調理されたモーツァルト、コッテリ感とスパイス不足は残念であるが、今後、若い層の支持を得て上演を重ね、洗練の度を深めてほしい。

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