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「800字文学館」

一杯のコーヒー

中村 晃也

 南米コロンビアは赤道直下の国だ。といってもアンデス山脈の北端が国内に延びているので標高により気温の差が激しい。
 首都のボゴタは標高二千六百米で、夜は夏でも毛皮のコートを羽織った女性がウロウロしている。女性は小柄で目鼻立ちがはっきりしている。
 3Cといってチリ、コロンビア、コスタリカには日本人好みの美人が多いとか。ただし治安が悪い。「抱きつき掏りが横行し、脇が甘いと被害にあいますよ」とは案内役の駐在員の話。

 訪問先は、ボゴタの南西二百キロにある、海岸近くの町カリの農事試験場だ。この国では標高が九百米までは熱帯性気候で、バナナ、米、大豆などが採れる。標高九百~二千米までは十五~二十四度の温暖性気候でコーヒーのプランテーションが盛ん。避暑、避寒の別荘が多い。
 試験圃場の畦道をゆくと、日本の田圃で見かける蝗のように、目の前を何回もスット横切るモノがいる。よく見ると体長四、五十センチもあるトカゲだ。「イグアナだ。結構旨いぞ」と現地の作業員。

 試験場での食事では、薄く硬いステーキを噛み切れなくて難儀したが、さすがにコーヒーは香ばしく品のよい味だ。
「コロンビアのコーヒーがなんで世界一か知っているか? 実が赤く熟すのを待って、手作業でその実を摘む。隣のブラジルではプランテーションが広いので、熟しても未熟でも一斉に機械で摘む。味と香りが違うのは当たり前だよ」
 説明に納得してお土産に数箱のコーヒーを所望した。

 翌々日、サンパウロでの入国審査でその箱を咎められた。「この国にコロンビアのコーヒーを持ち込むなんて! 時間がかかるが検疫に回ってもらうよ」。明らかな嫌がらせだ。
 駐在員「急いでいるので、このコーヒーは放棄する。あんたにあげるよ」
 審査官「そうか、久しぶりにコロンビアコーヒーを飲めるな」

 ホテルに着いてブラジルコーヒーをブラックで飲んだ。ことさらに苦味が強く感ぜられた。

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