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「800字文学館」

照り映えるツバキの葉

藤原 道夫

 六月になると、いつ梅雨入りするか気になり始める。日差しの強い初夏の日々が続いた後の雨の日には、木々の葉が生き生きとして緑が目に優しく、気分が落ち着く。雲間から僅かでも日が差せば、緑の葉が映えて輝きを放っているかのよう。こんな時季が好きだ。
 前に住んでいた家の居間は南側が大きなガラス張りになっていて、狭い庭の木々が手に取るように見渡せた。数本植えたツバキ類はそこの土地に合っているせいか、春になると若葉が勢いよく芽生え、六月には葉の緑色が落ち着く。雨上がりに傾きかけた西日を受けると、それらの葉が照り映えて殊の外美しい姿を見せてくれた。そんな審美感に目覚めたのは、ずいぶん前に訪ねた桂離宮の植木だったことを思い出す。
 桂離宮には真夏と真冬を除き、時季を変えてしばしば訪ねた。「最も美しいのは何時か」と問われれば、「キリシマツツジが咲き乱れる五月初旬」と答えるだろう。個人的には六月半ば頃の佇まいが気入っている。離宮全体が深い緑に包まれているような雰囲気になる。回遊式庭園にはツバキ、モッコク、ヒイラギなどの常緑広葉樹が場所を選んで植えられており、梅雨の晴れ間には、それらの木々の葉が輝くばかりに美しい姿を顕す。見事な演出だ。
 もう一つ挙げておきたいのは、彦根城脇にある埋木舎での体験。ここで後に大老となる井伊直弼が若き日を過ごした。藩主の十四男に生まれ、自ら埋木と称して質素な家に住み、学問と茶道三昧の生活を送った。茶室を造ることなぞ望めない分際、物置を改良して変則的な茶室を作った。時折そこに座して外の景色に目を遣り、木の葉の微かな動きにも心を留めたとか。その茶室にしばし座し、庭の木々の葉をじっくり眺めたことがある。時間をかけて対象をしっかり見ることの大切さを学んだ。
 目立った色の花が少ない梅雨の時季、ツバキなどの常緑広葉樹の葉を眺めていると、花に勝るとも劣らぬ美しさを誇示しているように思えてくる。

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