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「800字文学館」

ああ、無情

斉藤 征雄

 うっそうとした木々に囲まれたアカデミックな大学の構内を、私は異邦人のようにふらふらとした足取りで歩いていた。
 昨日はNと二人で飲んだ。居酒屋で飲み始め、次にトリスバー、最後はおでん屋で締めくくった。電車もバスも終わっていた。その上、金もすっかり無くなった。Nと別れてタクシーにも乗れず深夜の街を下宿へトボトボ歩いて帰ったのだ。
 学食に入った。食券売り場の前を素通りしてテーブルを目で追う。まだ昼前なので、それほど混んではいない。Nがいた。無言でその前に座る。沈黙が流れた。
「金ないんだろう。これでカレーでも食え」。 Nの差しだす45円を握りしめて食券売り場へ向かいながら、あと一週間どうやって暮らすかが頭をよぎった。

 私の学生生活は、いつも金に困っていた。しかし、世に言う苦学生だったわけではない。親からは普通に仕送りをもらっていたし、家庭教師のアルバイトでは双子の中学生を教えていたので二人分の収入を得ていた。だから収入面だけみれば、人並みの裕福さだったといえるだろう。金が足りないのは、サークル活動の春夏の合宿費用などもあったが、それ以上に問題なのは飲み代だった。
 クラスの友人、ゼミの付き合い、サークルの関係、単に飲むためだけの友達など相手はいくらでもいて誘い誘われた。そして何故か私の周りには呑兵衛が多いという悲運も重なった。
 その結果、だいたい月の終わりの一週間は無一文に近い状態になるのが常だった。下宿で寝ていれば無駄な出費は避けられるし家庭教師の日は晩飯にありつけるが、それでもゼロでは生きてゆけない。必然的に借金に頼ることになる。当時学生課に行けば学生証と引き換えに千円、教授の保証があれば五千円貸してくれた。

 ある時それでもやりくりがつかないので親から送ってきた授業料をほんのしばらくのつもりで生活費に充てた。
 後で、大学が授業料の督促葉書を親の目に触れるように実家宛に発送することを知ったが、時すでに遅しだった。

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