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「800字文学館」

「画家のひみつ」

川口 ひろ子

 澁谷区立松濤美術館で「画家のひみつ」という副題を持つ「中島千波とおもちゃシリーズ」展を鑑賞した。
 桜や牡丹を描いて今日最も人気の高い日本画家中島千波は、絵画のほかに新装なった歌舞伎座の緞帳のデザインや書籍の装丁等、多方面で活躍している。

 中島画伯にはもう一つのライフワークがある。欧州や南米、インド、そして日本国内など、各地で集めたおもちゃと、咲き乱れる花を一つの絵の中に描く「おもちゃシリーズ」の制作だ。
 21点ほど展示された今回の「おもちゃシリーズ」の絵の構図は良く似ている。画面中央一杯に花が描かれ、その下の方に、馬や象その他沢山の動物のおもちゃが様々なポーズを取って並んでいる。
 蘭、薔薇、チューリップ、今が盛りと咲き誇る花々は生命力に溢れ、色使いはどれも明るく鮮やかだ。対する動物たちの土臭くて素朴な色やユーモラスな姿は、絶妙なバランスで引きあいながら絵に緊張感を与えている。

 今回の展覧会のもう一つの特徴は、絵画制作の前に行われる多くの花の下絵の公開だ。約70センチ四方のパネルにコピーされた下絵が、作品の横に展示されている。上を向いた花、うつむいた花、様々な花の姿を、縦、横、斜めから細かく観察し、入念に描いたこの下絵、正確無比、無駄のない線で花の盛りの勢いをそのまま写し取っている。

 この日は作者のギャラリートークが行われ、出品作全ての解説がなされた。画伯の飾らないお人柄は素晴らしく、易しくて、奥の深いお話に、皆聞き入っていた。質疑応答では、下絵についての質問が多く寄せられた。
 一つの作品を仕上げるのに数百の下絵を描くという。この作業を重ねている内にモチベーションがぐんぐんと上がって来る。この頂点で良い作品が出来上がるという。多くの画家は、この様な手の内を見せることを嫌うが、今回実行してみた、と話された。
 莫大な量の下絵に圧倒され、「画家のひみつ」も垣間みる事が出来た、充実した展覧会であった。

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