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「800字文学館」

混浴温泉巡り

平尾 富男

 立ち寄り温泉巡りに誘われた。青森県黒石市に住む友人宅に逗留した時のこと。友人によれば、幾つもの有名温泉が近くに点在しているから、車で行けば半日で廻れるという。中には中々好い混浴温泉もあるというのだ。折角だから大いに目の保養をしようということになった。

 一軒目は、黒石市内に組み入れられているとはいえ、秘境と呼べるような青荷渓流沿いの「青荷(あおに)温泉」だった。ランプの宿としても知られている。
 国道から宿に至る細道に車を乗り入れると、カーブというカーブに津軽言葉による手書きの標識看板が立っていて、アプローチの途中からすっかり秘湯に来たという気分にさせられる。
 駐車場と思われる平らな広場に車を停め、歩いて道を下ると忽然と目指す温泉が現れた。

 混浴の湯小屋「龍神の湯」の男性用脱衣所で生まれたままの姿になり、湯船に身を沈めると、途中までしかない衝立の先は完全な混浴になっている。ランプの必要ない真っ昼間だから心が期待で躍ったが、女性の入浴客は一人もいなかった。

 次に向かったのは千人風呂で有名な「酸ヶ湯」。十和田湖から奥入瀬渓流を経由して、高度八百メートル以上登った八甲田山の傘松峠を越えると、その看板が見えてくる。
 山の中とはいえ、三百年の歴史を持ち、威圧的な古めかしい宿の建物の規模は大きかった。駐車場はまだ陽の高い時間帯なのに車でいっぱいだ。

 総ヒバ造り八〇坪の混浴千人風呂の男女別脱衣所で服を脱ぎ捨て、階段を下りて浴場に入る。高い天井の下に巨大な湯船が目に入る。そこから先は待望の混浴風呂だ。強い酸性の不透明なお湯は、舐めると柑橘の味がする。
 湯の中で女性の姿をこっそり探してみると、広い湯船の奥にそれらしき顔が幾つか湯の上に浮かんでいる。やがて一人が浴槽から出て、タオルで身体を隠す素振りもなく、同じ浴場内の打たせ湯の床に堂々と仰向けに横たわったのだが……。
 ここでも期待していた目の保養はついに出来なかった。

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