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「800字文学館」

小ホールのオペラ『魔笛』

川口 ひろ子

 モーツァルトのオペラ『魔笛』を鑑賞した。
 今回は、オペラ劇場ではなく、演奏会専用である東京文化会館小ホールでの上演だ。舞台装置や衣装はなく、伴奏はオーケストラではなくピアノのみ。その為に原作は大幅に整理され、簡素化されていた。

『魔笛』は、欧州に昔から伝わるお伽噺を土台にした民衆劇「ジングシュピール」で、ドイツ語の歌と科白で演じられる。
 今回の舞台は、現代日本の放送局に置きかえられ、ラジオドラマ『魔笛』を収録中のスタジオ風景という設定なっていた。8人の歌手が声優を演じ、原作の歌唱の部分はドイツ語で歌われ、科白の部分は本物の男優により日本語で語られた。衣装は男女とも地味な黒で私服のようだ。

 歌唱面が素晴らしかった。
 今が旬、現在日本で活躍中の最高の若手歌手が揃い、主役はもとより脇役に至るまで、中身の濃いフォーマンスを見せてくれた。
 超絶技巧の高音を聴かせてくれた夜の女王役の安井陽子さん、重厚な響きが魅力のバスの成田真さん、どなたも、フルオーケストラの本公演で聴いてみたい歌手ばかりだ。
 中でも、パミーナ役の砂川涼子さんの瑞々しい歌唱が素晴らしかった。アリア「ああ 私は感じるの……」は、恋人を失った絶望感を余すところなく表現、弱音もしっかり響いていて、可憐な少女の悲しみが小ホールの空間一杯に満ち溢れ、私の心に染み入ってくる。
 一方、語りがくどすぎて、満足出来なかった。
 演出の都合で大幅に省略された荒唐無稽なお伽噺の部分を、男優が延々と説明するのである。たっぷりと感情移入して熱演してくれたが、核心を外れている様で白ける。結果論であるが、これだけ素晴らしい歌手が揃ったのであるから、ナレーターは、歌手と張り合う必要はない。控えめであってほしい。

 フィナーレでは、何故かほんわかとした幸福感で胸が熱くなるオペラ『魔笛』。聴き応えのある歌唱を堪能できて満足だ。
 語りの部分を整理して近い将来、是非再演してほしい。

2016年5月26日

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