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「800字文学館」

東京の夜空に北極星を見た

藤原 道夫

 正月も2日を過ぎた夜半のこと、そろそろ寝ようとしていた時に、ベランダでコトリと物音がしたと思った。窓を開けてみたところ何も変わった様子がない。冷気が入ってきた。頭を上げると、限られた空間に星がいくつか煌いているのが目に留まった。とっさに屋上に上がって夜空を眺めてみようと思い立ち、防寒対策をして行ってみた。
 先ず道端から時々見上げるオリオン星座を探すと、南西方向にくっきりと望めた。ひょっとして見えるかもしれない、自然と目は反対方向を探していた。見えた! 確かに北斗七星だ。なんと久しぶりだろう。柄杓先端のα星とβ星とを結ぶ線を延ばしてゆくと北極星に達した。2つの星の間を5倍した位置にある、何度も目測を試みて確信した。自然に子供の頃眺めた夜空が浮かんできた。
 山村で眺めた夜空には、長々と天の川が横たわり、星が幾重にも重なっているかのように見えた。北極星が輝いていたし、周りの小熊座の星々も見えた。流星もしばしば目にした。ある時は長く尾を引き、ある時はさっと消え去った。よく見える無垢な目で宇宙を眺めていたのだ。
 その夜ほど東京の夜空に多くの星を見たことはない。正月休みで空気が澄み、周りの灯りが普段より少なく、その上月が出てない、という諸条件が重なったためだろう。よくは見えたものの、星々は天蓋に張り付いているかのようで、山村の夜空のように深みが感じられなかった。東京には空があるが宇宙はない、そんな思いがした。
 星を見ることを意識し始めたのは、物を見る能力が落ちたと感じてから。それに『神曲』地獄篇を読んでから。ダンテはウェリギリウスの案内で地獄を巡り、最後に狭い洞窟から抜け出した時に天球に輝く星を仰ぎ見る。その描写が実に印象的だ。星を眺めるのは素晴らしい。
 東京で正月の夜空に北極星を見ることができ、目はまだ大丈夫だと安心した。ベランダで物音がしたと錯覚したお陰で、この上ないお年玉を貰った気分になった。

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