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「800字文学館」

恩田川の散策

平尾 富男

 東京都町田市と神奈川県横浜市を跨ぐ一級河川の恩田川が、我が家の近くを流れている。町田市本町田の滝ノ沢地区に源を発し、横浜市緑区内で鶴見川に合流するまでの全長10キロ強の河川だ。
 四季を問わず、この川の遊歩道を上流の町田方面に向かって歩くのが好きだ。川の所々に放流されている鯉の遊泳を眺めたり、何種類かの水鳥、そして鳩や雀の飛翔に驚かされながらのそぞろ歩き。

 東急田園都市線が長津田方面に川を横切るところにあるのが、川の中間地点に近い田奈駅である。そこから上流に向かって遊歩道を行くと、途中で川が成瀬街道にぶつかる。ここで川を離れ、町田駅方面に街道を数百メートル進むと、右手に「高ヶ坂石器時代遺跡」入り口の石碑が見えて来る。ここまで来ると市内の繁華街まではすぐ近くなのだ。

 横浜市側は長閑で広々とした田園が広がっているが、町田市成瀬に入るとその途端に、両岸の遊歩道は桜並木に縁取られ、辺りは住宅街に変わる。花の季節には近隣から多くの人がお花見に訪れる桜の名所なのだ。
 桜並木の河畔は横浜市緑区との境に近い都橋から、成瀬街道を跨ぐ高瀬橋にかけて3キロ程も続く。なぜか横浜市側には1本の桜の木もない。
 淡いピンクのトンネルを潜りながらの春の散歩もいいが、青々と茂った樹々の葉が格好の日除けとなる夏の桜並木の中を歩くのも格別で、心身が癒される。

 梅雨入り前の日曜日、遅い朝食を済ませて歩き始め、桜並木に差し掛かって間もなく、ベンチで休んでいる老夫婦に呼び止められた。番(つがい)らしき2羽の「翡翠(かわせみ)」が仲良く水辺近くの岩の上で羽を休めているのを指差している。ヒスイ色の羽根が美しい小さな水鳥だ。この辺りで見かけるのはとても珍しい。ベンチの老夫婦はこの小さな美しい水鳥をいつまでもじっと見つめていた。

 町田市街に入って、いつも立ち寄るこぎれいなカフェで身体を休めていると、先ほどの老夫婦と翡翠のことが想い出された。

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