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「800字文学館」

『マノン・レスコー』@METライブビューイング

川口 ひろ子

 METライブビューイングで、プッチーニのオペラ『マノン・レスコー』を鑑賞した。
 METライブビューイングとは、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演中のオペラを数日後に映画館で鑑賞できるシステムで、東京での初上映は10年程前だ。
 絢爛豪華な舞台を手頃な料金で楽しむことの出来るこの方式は、ファンの心をしっかり掴んだようだ。六本木のミニシアターは午前10時の開演にも拘わらずかなり賑わっていた。
 オペラは生ものだ。私にとって最大の魅力は、現在、世界のトップを行く歌手たちの活きの良い演奏を堪能できることだ。

 今回私の一番の期待はクリスティーヌ・オポライス。ラトヴィア出身、美しい金髪と抜群のプロポーションに恵まれ、少し硬めではあるが大変豊かな声量を持つソプラノだ。
 『マノン・レスコー』は、自堕落な美少女マノンが、自分を熱愛した青年と共に破滅の道を突き進むお話。オポライスは、この魔性の女を迫真の演技で表現し、思わず息をのむようなセクシーなシーンを度々見せてくれた。しかし、私の期待のしすぎであろうか、清楚な北欧美人が一所懸命演じている感じで、なにか物足りない。
 物語は、あどけない少女がブルジョワの愛人となりパリでの贅沢暮らし、そしてルイジアナに流刑となる終幕へと展開する。この間の崩れて行く女の声の表現に、もう少しドラマチックな変化があると最高だったのに、と思った。今後が楽しみだ。

 一方、悪女に振り回され身を持ち崩すデ・グリューを演じたロヴェルト・アラーニャが素晴らしかった。なりふり構わず役に没頭しているのだ。
 特に第3幕の波止場のシーン、船に乗せてくれと哀願するアリア「見てくれ、気の狂ったこの私を!」では、哀れな男の切々たる訴えが、泣き声混じりの嘆き節に託されて、胸に迫って来る。

 今回は、前途洋々のソプラノと円熟のテノール、旬の美味を存分に味わうことが出来て大満足。
 花吹雪の桜坂を下って帰路についた。

2016年4月14日

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