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「800字文学館」

麻雀見聞

新田 由紀子

 麻雀を習い始めたのはかれこれ5年前のことだ。駅近くの旅行会社でカルチャー教室を併設していて、フラダンス、ちぎり絵などいかにも女性向けの課目の中に「認知症予防の健康マージャン倶楽部」なるものが目についた。麻雀は学生時代に少し覚えたことがある。
 行ってみたら、こぎれいな部屋で20人ほどが5卓に陣取り、牌をかきまぜている。ポン、チーと声を張り上げ、すごい熱気だ。講師は男女2人。解説をしたり、卓を回ってはアドバイスをしている。主催者は年若い女性の方で、丁寧な物腰に信頼がおけて通うことにした。
 隔週一日の数時間、手と目と頭をめいっぱい同時に使う。点数計算も覚えなければならない。確かに認知症につけこまれるスキはなさそうだ。配牌に一喜一憂四苦八苦。清水の舞台から飛び降りる心地で「リーチ」。首尾よく上がれると、まるで浮かび上がった水鳥のように大はしゃぎ。気の合う仲間もできた。
 麻雀通いがルーティンになった頃、旅行会社がカウンターを撤退し、教室も閉鎖された。走る馬上から振り落とされた気分だ。いまや、麻雀なしの生活は考えられない。
 街で雀荘の看板が目につくが、薄汚いビルの中だったりするので入りにくい。口コミやネットで「健康麻雀(麻将)教室」を探しては、「お試し」入門をするようになった。場所によって雰囲気と顔ぶれは様々で面白い。やけに気の荒い人、おとなし過ぎる人、人の和などへったくれの原始人もどきも。普段はお目にかかれないような貴重な面々。認知症予防どころか人間修養にもってこいだ。
 昨今の麻雀事情、一昔前の「飲む・吸う・賭ける」の不健康さはなく、定年世代を取り込むカルチャー事業へと成長している。自治体が高齢者対策の一環としてサークルを支援したり、街には女性専用サロンまで見かける。いろいろと見聞きするうちに、「退職後は、シニア麻雀教室講師という道もありかな」と、夢想だにしなかった老い先短い未来を描くのだった。

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