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「800字文学館」

庭木の演出

稲宮 健一

 今、戸塚区の新興住宅街に住んでいる。広めのバス通りがあって、通りから一歩中に入ると、桝目で区切られたブロック毎に思い思いの家並が続く。バス停近くにお決まりの理髪店がある。店はバス通りに面して、車の音が子守歌ように響く。
 店の道路沿いに駐車場があり、その背後は店の広めの窓だ。下は床から上は天井まで、幅は五mほどの一枚ガラスで、ガラス面のすぐ外側に窓の全面を埋め尽くすように横長に常緑樹の庭木が植えられている。中で散髪しながら外に目を向けると、木々の繁みが見え、まるで緑豊かな公園にいるような錯覚を覚える。実際は単なる住宅街のバス通りだが。

 時々、作家の書斎拝見の番組で、机の前を見上げると窓の外は無造作に植えられた庭木の繁みが広がり、緑の安らぎを見ながら、行間を埋めて稿を進める様子が目に浮かぶ。
 鎌倉や京都のお寺ではお堂の裏手に少し広い空間を置き、その向こうに背の高い木々が植えられている和式の庭園は柔らかな感覚を与えてくれる。しかし、大きなお寺でなくても、作家の書斎、理髪店の緑のカーテンのような手狭なところでも、我々には鎮守の森の名残が心に残り、緑を身近に置くのだろう。

 学生の頃、フランス革命を習い、太陽王ルイ十四世が贅を尽くしてベルサイユ宮殿を構築、赤坂の迎賓館はそれに倣ったと教わった。その後機会があり、両宮殿を見物できた。西欧の建物は、石造り、内部の柱は幾何模様で飾られ、人手を在らぬ限り尽くした豪華さで見る者を圧倒する。壮大だろう、圧倒的な財力を感じるだろうと叫んでいるようだが、温かみが全くない。自然から隔絶した人力の物量を誇っているようだ。

 今度京都迎賓館の一般公開の期間が大幅に増えるとのこと。是非見学させて頂きたい。国土の七割弱が緑で覆われている和の国は人が緑と溶け込む柔らかさに万葉の古より馴染んだ国である。これから増える海外かの旅行客が自然と融和した柔らかい和の心を感じてくれればよいと思っている。

(二〇一六・三・二三)

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